日本がゼロ金利と<流動性の罠>に陥り「失われた10年」の渦中にあった2000年当時、プリンストン大学経済学部のバーナンキ教授は「日本のとるべき政策」について、以下の4つを提言した。

  1. 長期国債の買い入れ(金利を下げることで民間の借り入れコストを下げる)
  2. 短期の金利をゼロ近傍にとどめる期間を延長すると公言し、長期金利をさらに下げる
  3. 日本銀行が穏やかなインフレを追求していると公言すること、即ち「数年にわたりインフレ率を 3-4%の範囲におさめる目標を設定すること」(借り入れの促進・貯蓄から投資)
  4. 「円の実質的な下落を達成する試み」(円の価値を下げる)

あれから10年以上も経った今、やっと安倍自民党総裁が「ABEノミクス」を提唱している。「ABEノミクス」の内容は以下の3つである。

  1. 2%の物価上昇率目標を定め、日銀が無制限に金融緩和をする
  2. 日銀法を改正、日銀当座預金をマイナス金利にする
  3. 大規模な公共事業を実施し、財源として発行する国債を日銀が買い取る

これはバーナンキの提言(金融政策)にノーベル賞学者ポール・クルーグマンのニュー・ケインジアン的なモデルを付加した政策である。この政策が実現できるか否かの「実行力」は別として、「ABEノミクスは浜田宏一イェール大学教授のお墨付き」と発言している安倍自民党総裁が反対派の攻撃によってリフレ政策を棚上げすることはないだろう。

「ABEノミクス」が出てきた背景には、パナソニック、シャープ、ソニーといった日本を代表する企業が円高・デフレによってカタガタになり、日本の貿易赤字が定着したことが背景にある。

パナソニック(日足)2005年~2012年 衰退の理由は単純、「円高」である


(出所:石原順)

日本の貿易収支(通関ベース・単位10億円)貿易赤字が定着してきた

輸出額から輸入額を差し引いた10月の貿易収支は5,490億円の赤字


(出所:石原順)

IMFのチーフエコノミストやオバマ政権の経済顧問を務めたハーバード大学教授のケネス・ロゴフは、「巨額の債務(借金)を解消するのに必要なことは、意図的にインフレを起こし債務の価値を減らすことだ」と述べているが、日本の政治の流れはそういう段階(フイズ)に追い詰められてきたようだ。

「増税・リストラ・賃金カット」など、今の日本で起こっている現象は、負債(借金)の分配の過程で起こっている現象だ。この負債処理の最終段階には「インフレ」が来る。古今東西の歴史が教えてくれることは、「膨大な負債の分配にはインフレが必要である」ということである。

「ABEノミクス」に対して日銀の白川総裁・野田民主党・経済学者などが一斉に反撃しているが、「では、どうすればよいのか」と言われれば結局、「現状維持」となる。日銀や民主党の政策の「答え」はもう出ているのである。「終わりのない株価低迷・円高・デフレ不況」である。だから、何の説得力もない。「さっさと不況を終わらせろ」という人々の不満が、民主党や日銀に向けられている。

筆者はこのレポートで「ABEノミクス」についての是非を述べているのではない。それは経済学者の仕事である。問題は相場であり投機筋の動きである。日本の袋小路状況が促した「ABEノミクス」の提言で、「日本のリフレ政策の発動の気配」に「カネの匂い」を嗅いだ海外投機筋は、一斉に「円売り・日本株買い」に動いている。

「ABEノミクス」や円安・株高に日本人は懐疑的で、現在の日本の円安・株高は外人主導である。外人投資家は「どんな連立政権が出来ても、日本はマネタリゼーションと財政出動の方向に進む」とみているのだ。それは、「消費増税を実現したい財務省がリフレ政策に乗る」とみているからだ。

「円の動きを予想すると、極めて一方的な動きになりそうです。つまり、今の水準辺りにだらだらと止まるか、そうでなければ向こう数カ月間に大きく円安に向かうかです。私の見るところ、この円の動きが、もっとも興味が湧くマクロ経済のテーマです。過去数年、私はますます円に対して否定的な見方をするようになってきています。そしてこれまでは、私の予想は外れていました。しかし、それが反転する時期が間違いなくきているように思えるのです」(ゴールドマンサックス・ジム・オニール氏のニュースレターから引用)。

「We Want ABE!」(安倍氏に期待)と題したゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントのジム・オニール氏のニュースレターに反応し、今週からは円相場に無関心だった投機筋も円独歩安相場や日本株買いに参戦していると言われている。

シカゴIMM 投機筋の円ポジション

シカゴ通貨先物市場は円売りポジションに傾いている


(出所:石原順)

先週のレポートで「週足の一目均衡表の<雲>を上抜けてきた時が円安相場への号砲となると思われる」と書いたが、先週末の終値ベースでドル/円は一目均衡表の<雲>を上抜いた。ドル/円相場は20カ月移動平均線・20週移動平均線・一目均衡表週足の<雲>といった円安相場の条件をすべてクリアしている。

ドル/円(週足) 一目均衡表<雲>と20週移動平均線(赤)


(出所:石原順)

日足ベースでは今年3月高値と9月安値の61.8%戻し水準を上回っており、3月高値84円17銭までの全値戻しが視野に入っている。海外の投機筋はとりあえず3月高値を目標に円売りを行なっている模様だ。これは年内に達成できる水準であろう。

ドル/円(日足) フィボナッチのリトレースメント 全値戻しが視野に…


(出所:石原順)

海外のファンドにヒアリングしてみると、「来年前半は米国と日本の景気が良くなるだろう。中国はやばそうな感じがしている」との意見が多い。米国は景気がよくなるまで無制限のQE3が続くし、12月の追加緩和(QE4)も予定されている。日本はABEノミクスで「従来とは次元の違う金融政策」と「公共事業(バラマキ)」が行なわれそうで、カネをばらまいた分だけ景気が良くなるのは間違いないだろう。「少なくとも年前半の相場は期待できる」と投機筋は強気だ。

では、「来年前半のドル/円相場でどのくらいの円安を見ているのか?」と聞くと、多くのトレーダーの答えは「85円~95円」のレンジに収まっている。ドル/円は今年の3月に60カ月移動平均線の-20%乖離から-10%乖離までの円高修正が起こった。「今度は-10%乖離から60カ月移動平均線辺りまで、行きすぎた円高の修正が起こるのではないか?」と筆者は考えている。下値は20カ月移動平均線を月足終値で割り込まない限り、円安基調が続くとみている。

ドル/円(月足) 60カ月移動平均線(中央赤のライン)89円03銭(11月22日現在)

10%乖離(緑)・20%乖離(青)・30%乖離(赤)


(出所:石原順)

ドル/円(月足) 20カ月移動平均線(赤)79円07銭(11月22日現在)

10月に20カ月移動平均線を上抜け、円安基調に…


(出所:石原順)

相場の転換点を探すのは楽しい作業だ。筆者は昨年12月から今年1月にかけて、円安(円高修正)相場が起こる可能性があるというレポートを書いた(「久々に動くか? 長期抵抗線を試すドル円相場に注目」2011年12月15日、「相場の揺り戻し(円安)は起こるか? 円高の修正見通しとその根拠」2012年1月26日参照)。

そして、今年の10月には円安転換の可能性を示唆するレポートを書いている(「久々に儲け話が聞こえてきた為替市場」2012年10月18日、「円高から円安に転換する可能性が出てきた」2012年10月25日)。

これらの観測レポートは筆者の関係するファンド勢の動きと連動している。今年も大きなトレンドをゲットすることが出来て、「ほっとしている」のが現在の状況である。

クロス円相場は「ドル/円相場の急伸」によって、円全面安の展開となっている。最近、「どこで利食いをすればよいか?」という照会が増えているが、筆者は「21日ボリンジャーバンド+1シグマの外で相場が推移している間はポジションを放置しておけばよい」と答えている。必要なのは、+1シグマ近辺に利食いの逆指し値を毎日置いていくことである。

ドル/円(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

豪ドル/円(左)とユーロ/円(右)の日足

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ポンド/円(左)とニュージーランド/円(右)の日足

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

先週のレポートで「米国株のファンドの売り仕掛けや投げ売りはいつまで続くのだろうか? それはファンドの決算日程を考えると、休暇シーズンの始まりである11月22日の感謝祭(Thanksgiving Day)あたりで終息する可能性が大きい。其処までに底入れするかどうかが、NY市場の注目点となっている」と書いたが、米国株は感謝祭の前に大陽線が立ち、いったん下げ止ったようだ。ここからは13-21日移動平均バンドの攻防に移る。

NYダウ(日足) 11月19日に大陽線が出現

上段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)
下段:9日RSI(赤)


(出所:石原順)

財政の崖は半年前から騒がれている周知の事実である。オバマ攻撃の急先鋒であった共和党の「ティーパーティー(茶話会)」は、選挙で惨敗しておとなしくなっている。もう、大統領選挙も終わっているので、共和党にオバマを攻撃するインセンティブはない。財政の崖はどこかで「落としどころ」を見つけるだろう。

米国株の下げは「財政の崖」の影響より、ファンドの「投げ」が大きかったというのが複数のブローカーの意見だ。「ヘッジファンド向けサービス会社SS&Cテクノロジーズによると、11月のヘッジファンドからの投資家の資金引き出しは、3年ぶり高水準近くに達した。米国の富裕層向け減税が打ち切られる可能性があるとの懸念が背景にあるとみられている」(11月21日ロイター)なんのことはない。富裕層の投資引き上げと、オバマ再選によるキャピタルゲイン増税の懸念で、「ファンドがポジションを一斉に売ってきた」というのが事の顛末である。

これから日本は3連休、米国は実質4連休に入る。みなさん、ストップ・ロス注文をお忘れなく!