量的緩和政策に否定的な日銀が緩和に動くのは、「政治的圧力」と「日銀法改正を回避する組織防衛」が動機となっている。「野田政権が20兆円の追加緩和を要請している」と噂されるなか、久々に注目された昨日の日銀金融政策決定会合は、日銀が「資産買入等の基金を11兆円増額する」という中途半端な結果となった。

今回の10兆円+1兆円という緩和の数字は、「10兆円以上の緩和を渋々やりました」という日銀の抵抗をあからさまに示す数字である。これなら、「物価目標1%を達成するまで無制限の緩和を行なう」と宣言だけして、実際には小規模なちびちび緩和を行なうほうがましだろう。国債買い入れに関しても日銀は「日銀券ルールの内規」からか、すぐ償還になる短いものしか買っておらずインパクトがない。

海外投資家の一部は「無制限」とか「物価目標2%」とかいうサプライズ緩和を、来年4月以降に次期日銀総裁が実施する可能性があると期待している。しかし、この見方はやや楽観的である。今後も「政治家から日銀への要請が強まる構図」は変わらないだろうが、「組織のDNAというのは外部からの干渉では変わらない」と見ておくべきだ。

そんなわけで、政府・日銀主導の「良い円安」は進行しないとみた投機筋から手仕舞い売りが出て、ドル/円相場は昨日21日ボリンジャーバンド+1シグマの内側に入ってきた。これでトレンド相場は一旦終了である。ここからADXや標準偏差ボラティリティが下落してくると、ドル/円は値固めの調整(レンジ)相場に移行していくだろう。

ドル/円(日足) トレンド相場は一旦終わり?


(出所:石原順)

それでは、「円安相場は終わりなのか?」と言えば、そんなに悲観することはないだろう。現在、日本全体のシャッター商店街化で、円を売る材料には事欠かないからだ。「日本の貿易赤字の定着」、「日本国債の格下げ懸念」、「日本企業のM&Aの増加(今年の日本企業の海外企業の合併・買収は約8兆円)」などの円安材料がひしめいている。日銀も政府(財務相および経済財政相)と連名で「デフレ退治に取り組むとの共同文書声明」を発表している以上、当面は緩和路線に変更はないだろう。

日本の貿易収支(通関ベース)の推移 1993年~2012年(単位:10億円)

2011年の3月以降、日本の貿易赤字が定着している


(出所:石原順)

シカゴIMMの通貨先物の円ポジションが5月以降となる円売りに傾いたのも、円を買う材料が徐々に減っているからである。筆者が見ているドル/円(日足)の移動平均線のチャートを見ると、ドル/円相場は9月で一旦底を付けて現在戻りの周期に入っているように見える。

今日は月末であるが、ドル/円相場の長期トレンドを決すると言われる「20カ月移動平均線」(現在79円09銭付近)も、移動平均線の上に引ける可能性は高い。中期的な円安局面に入ったかどうかを現段階で判断するのは時期尚早だが、この先、大きな円安基調が訪れるのか否か、興味深い局面に入っていることは確かだろう。

シカゴ1MMの円のポジション 建玉が5月以来の「円売り」に


(出所:石原順)

ドル/円(日足) 100日移動平均線(茶)・200日移動平均線(赤)


(出所:石原順)

ドル/円(月足) 20カ月移動平均線(赤) 半年ぶりの上抜けなるか?


(出所:石原順)

さて、接戦といわれる11月6日の米大統領選挙を控えて、為替市場では「オバマならドル安・ロムニーならドル高」が市場のコンセンサスとなっているという声が多い。しかし、このロジックは目先の相場には通用しても、「中・長期的なトレンド」という範疇からはかなりあやしい予測である。

筆者は過去の米政権とドル相場の関係をかなり克明に調べたことがあるが、「米政権」と「ドル相場」の間には何の相関も発見できなかった。米国の為替政策の結論は、「米国は好景気の時にはドル高を志向し、不景気の時にはドル安を志向する」ということだ。また、ドルが買われる局面は、「他国と比較して相対的に米金利の高いときだけ」である。

従って、オバマあれロムニーであれ、為替相場の方向を決めるのは「米国の金利」である。オバマ大統領も世界的な景気の低迷から、外需依存を改めて(外需依存の中国・韓国などと共倒れになりたくない)、内需を刺激する政策にシフトしていると言われる。住宅PKOのQE3はその典型である。したがって、「オバマはドル安」というのは少し短絡的すぎるだろう。

実際、ドル/円相場は米日の金利差と連動している。米国の金利が反転した9月から、ドル/円相場もドル高に振れている。ここから米国の金利が上がっていくかどうかは、米国の景気次第だ。昨日のケースシラー住宅価格指数はまずまずの数字であったが、金利を動かす今週金曜日の米雇用統計(失業率予想:7.9%・NFP予想:+12.5万人)に注目したい。

米・日10年国債金利とドル/円相場の推移 9月から反転


(出所:石原順)

米国のインフレ率から見れば米長期金利の水準は低すぎるが、現在の米金利を動かしているのは「テイラールール」ではなく、「エバンズルール」である。住宅PKOのために長期金利を低め誘導しているため、ドルの上昇は穏やかにならざるを得ないことは頭に入れておきたい。

最後にクロス円相場の動向に触れておこう。ドル/円相場と違って、豪ドル/円やニュージーランド/円の相場はまだ21日ボリンジャーバンド+1シグマの外で頑張っている。運用者の話を聞いていると、「最近は運用難で投資対象がない」のいう声が多い。債券に金利がないからだ。

先進国ゼロ金利時代にあって、運用難の資金が3.25%の政策金利を持つ豪ドルに向うのは自然の流れである。11月6日のRBA(豪中銀理事会)で0.25%の利下げが予測されているが、絶対金利差がこれだけある豪ドル/円の押し目は買ってよいのではないか?相場に絶対はないが、「10月末買いの4月売り」の有効確率を考慮して、11月以降の押し目を「分散」して買いたいと思っている。

豪ドル/円(左)とニュージーランドドル/円(右)


(出所:石原順)

豪ドル/円(月足) 1998年~2012年

「10月末買いの4月末売り」で2008年のリーマン・ショックも回避
④が4月相場・⑩が10月相場、赤は「10月末買いの4月末売り」損失の年


(出所:石原順)

豪政策金利(赤)と豪ドル/円(青)の推移

政策金利は金利低下の方向だが、絶対金利差が豪ドル/円をサポート


(出所:石原順)

豪・日2年国債金利差と豪ドル/円相場

運用難の資金が豪ドルの押し目を買う?


(出所:石原順)

31日、豪中銀ロウ副総裁は、「世界の主要経済国の一部で採られている超緩和金融政策はオーストラリアドルのような通貨に上昇圧力を加え、低金利を招く」と発言している。その通りであろう。