マイナス金利という「経済の死」を示唆するような現象が起きている。金利がマイナスという事態はトワイライト・ゾーン(未知の領域)で、金融崩壊と言わざるを得ない。投資額以下の資金しか回収できないマイナス金利というのは、「常識では考えられない現象」であろう。

ドイツ1年(青)・2年(赤)・3年(緑)国債金利(日足) 2012年1月2日~2012年8月15日 ドイツ短期国債の金利はマイナス・ゾーン(水色)へ


(出所:石原順)

ドイツの1年~2年物国債金利は現在マイナス金利となっており、スイス、オランダ、オーストリア、ベルギー、フィンランドなどでもマイナス金利現象が起きている。このようなことが起きるのは、世界中が緊縮財政に動いているからだ。

ある銀行の債券担当者は「不景気のもとで緊縮財政や増税を行えば、債券が買われるのは当然である。償還まで持てば最終利回りはマイナスになるが、それまでに転売する。オーバー・パーで買っても、当面は直利がとれればよい」と述べている。これは、「究極のリスク・オフの選択」である。欧州の債務危機の影響が世界に拡がる中で、2012年3月以降、多くの運用者は景気悪化を読んで債券買いと株売りを継続してきた。その結果がマイナス金利である。

しかし、債券バブル相場もさすがにやりすぎたようだ。先週のレポートに書いたように、足の速い先物主体のCTA(商品投資顧問)を中心に、これまで積み上がった「債券買い+株売り」取引の手仕舞い(クローズ)に動いているのがこの8月の相場だ。「債券買い+株売り」の反対売買が行なわれているので、相場は「債券安・株高」となっている。

「債券市場の標準偏差が振れる(変動率が拡大する)のは3月と8月である」という経験則は、2012年の相場でも有効であった。

ドイツ(青)・米国(赤)・日本(緑)の10年国債の推移 2012年1月2日~8月15日

3月・6月・8月は反転の月? 3月相場(黄色のゾーン)・6月相場(緑色のゾーン)・8月相場(水色のゾーン)


(出所:石原順)

上のグラフで10年国債の推移をみればわかるが、日本の金利上昇より米・独の金利上昇の方が大きいので、8月相場は円安に振れている。「失われた5カ月相場」と言われ、動意のなかったドル/円相場も、直近のレンジの上限である78円80銭を上抜いたことでミニ・レンジブレイク相場となっている。

ドル/円相場が上昇を継続できるか否かは、「債券売り+株買い」の動きがどこまで続くかにかかっている。やりすぎた金利低下の修正(国債の買い戻し)が終われば、世界的な金融緩和路線の中、日本と諸外国の金利差は再び縮小してしまう。「ドル/円は金利差がないので膠着、金利差縮小は円高要因」という、いつもの円高のロジックに逆戻りだ。

ドル/円はテクニカル的に見てもまだ強いトレンドが発生しているわけではない。とりあえず、目先の関門はドル/円(月足の)20カ月移動平均線である。20カ月移動平均線は8月16日現在、79円45銭付近を走っており、ここを抜けないと中期円安展望が開けない。また、ドル/円(週足)の一目均衡表<雲>の上限は8月16日現在、80円54銭となっている。これらの抵抗を上抜くまでは、「円安の大相場」は到来しないであろう。

ドル/円(日足) 円安トレンドは発生するか?

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ(緑)


(出所:石原順)

ドル/円(月足) 20カ月移動平均線を「月足終値」で超えられるか?


(出所:石原順)

ドル/円(週足) 一目均衡表<雲>の上限・下限での往来相場が続いている


(出所:石原順)

投機筋の反対売買、即ち「債券売り+株買い」によって株も上昇しているが、株の上昇はなんとも微妙な現象だ。世界的な不景気で、株は「景気面からは買いにくい商品」である。しかし、世界的な金融緩和によって、株は「金融面からは買える商品」となっている。筆者が最近の株の上昇を「ミニ・バブル」と呼んでいるのは、景気面で買えないからである。

NYダウ(日足)とMACDのシグナル

高値維持も、バーナンキ・プット“期待”だけでは上昇は限られる? ジャクソンホールでの議長講演(8月31日)に注目


(出所:石原順)

中央銀行のポートフォリオ 世界経済は緊縮財政の中、金融だけでまわっている


(出所:BIS)

要するに、現在の株高は金融政策だけで維持している「不景気の株高」なのである。市場参加者が期待している9月の欧州・米国の「金融政策」が不発に終われば、反動安もあり得ることを想定しておきたい。欧州債務危機の行方は重要イベントが続く9 月を通過しないことには不透明であり、相場はリスク全開とはなりにくい。いずれにせよ、危機が起こればECBやFRBは「対策」を打ってくるだろう。「株価急落は買いのチャンス」なのである。

最近、複数のファンドとミーティングする機会があった。運用者の意見をかいつまんで言うと、欧州情勢による「金融メルトダウン」の危険はずっと継続しているので、「株の上値追い」には慎重である。「長期的な逆張りの買いは10月末」まで待ちの戦略だ。

株を買うなら? 日経平均とNYダウの月別推移と「半年間」運用した場合の運用開始月別のリターン(戦後62年間の平均)=「180日ルール」


(出所:日本経済研究センター、『日本株転機のシグナル』)

債券市場については、世界の中央銀行から供給された過剰流動性資金は国債に留まらざるを得ないと見ており、「国債はまたどこかで買わざるを得ない」との意見が主流である。

コモディティ市場は、穀物価格の高騰をはじめとする「商品バブル」が起こりつつあるが、コーンと大豆は需給的に有望であり押し目買い志向が強い。反面、小麦は干ばつの被害が少ないので見送りとの声が多い。景気とあまり関係ないゴールドは上昇する可能性があるが、銅、ニッケル、鉄などの「景気に直結する商品は上昇が限られる」というのが、大方の見方である。

コーン先物(日足) 次のトレンド待ち

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド0.6シグマ(緑)


(出所:石原順)

ゴールド先物(日足) 仕手本尊ポールソンは再びETF買いに転じたが、三角保合のブレイクを待つのが無難?

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド0.6シグマ(緑)


(出所:石原順)

カネ余りの運用難が続く中、シビレをきらした一部のファンドは、「不動産」、「プライベートエクイティ(おもにM&A)」などの投資にも乗り出してきている。この先、大きな株の下げがあれば、その時に思い切って投資するそうだ。中央銀行(金融政策)は追い込まれればなんでもやるので、「危機は買い」なのである。みんな、「相場の押し目」を待っている。