ロンドン・オリンピックが7月27日から始まるが、英国経済はオリンピック特需の影響も感じられない低成長にあえいでいる。リーマン・ショック後、英国は世界に先駆けて付加価値税率や金融関連の税金(銀行税導入・キャピタル・ゲイン引き上げ)を引き上げ、予算も削減するなどの緊縮財政政策を推進してきた。

その結果が0%台の経済成長と失業率の上昇である。にっちもさっちもいかなくなり、7月5日にBOE(英中銀)は資産買い入れプログラムの規模を500億ポンド増やして量的緩和の規模を拡大した。

BOEは声明で「進められている財政緊縮に加え、信用環境が引き続きひっ迫しており、ユーロ圏の緊張の高まりが英経済への一段の足かせとなるなか、金融面での追加刺激が実施されなければ、インフレ率が中期的に目標を下回る可能性の方が高い」としている。

もう、答えは出ているのである。

緊縮は景気過熱期にすることで、不況期に緊縮すれば経済は負のスパイラルに入る。クルーグマン氏が「11日のCNBCテレビの番組で、景気が好調な時に債務を返済すべきだと発言。今は経済の緊急事態だと述べ、政府支出の拡大以外に代わりとなる良策は存在しない」(7月11日ブルームバーグ) と述べているように、今、世界経済を蝕んでいるのは「債務デフレ」である。

「債務デフレ」に関しては、クルーグマン氏がNYタイムズの連載で経済学者アーヴィン・フィッシャーの理論を使って説明しているが、要は、「借金を返せば返すほど、借金が増していく」という負のスパイラルである。

現在の欧州や英国の不景気は「債務デフレ」理論を証明するかたちで進行している。皆がいっせいに支出を切り詰めたら、不景気になる。欧州や英国の個人消費の落ち込みをみれば、それは明らかである。皮肉なことに、欧州債務危機を逃れているのは、スウェーデンやオーストリアという大きな政府の国々である。

不動産バブルに踊った英国、スペインを筆頭とする欧州債務危機の影響はいまや世界規模に拡大し、欧州系銀行の投資額の多いブラジル、中国、ロシア、香港、韓国、オーストラリア、シンガポールなどの経済にも暗い影を落としている。

ブラジル株価指数 ボベスパインデックス(日足) 利下げラッシュでなんとか株価は下げ止まっている

上段:14日ADX
中段:26日標準偏差ボラティリティ
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ


(出所:ストックチャーツ)

7月5日の英国、欧州・中国、7月11日のブラジル、7月12日の韓国と金融緩和ラッシュが続いているが、バブル全開とならないのは財政出動が止まっているからである。金融と財政の両輪が回らないとリスク全開とならず、結局、ミニ・バブルで終わってしまう。

「債務デフレ」がこれから深刻化すると、どうなるか?

恐らく、「ドル高」が進行するだろう。下の「通貨インデックス」のチャートを見ていただきたい。今の為替市場のドルの底堅さは、それを予見した動きとなっている。

ドルインデックス(日足)

上段:14日ADX
中段:26日標準偏差ボラティリティ
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ


(出所:ストックチャーツ)

ユーロインデックス(日足)

上段:14日ADX
中段:26日標準偏差ボラティリティ
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ


(出所:ストックチャーツ)

スイスフランインデックス(日足)

上段:14日ADX
中段:26日標準偏差ボラティリティ
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ


(出所:ストックチャーツ)

ポンドインデックス(日足)

上段:14日ADX
中段:26日標準偏差ボラティリティ
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ


(出所:ストックチャーツ)

現在、ファンド勢が注力している通貨は「ユーロ」と「スイス」で、ドル高に対する売り通貨となっている。通貨インデックスのチャートを見てもトレンドが出ているのはこの2つの通貨ペアである。

緊縮傾向にある世界経済は金融だけで回っている。世界中が金融緩和ラッシュとなるなか、本日、日銀は追加緩和を見送った。日銀の緩和見送り観測については先週のレポートにも書いたが、世界規模で金融緩和と通貨安競争が行われているなかで、日本だけが蚊帳の外に置かれれば、日本株や円がどういうことになるのか小学生でもわかるだろう。介入観測と政府系機関のPKOでまだ値を保っているが、円高バイアスは日を追うごとに強まっている。

日銀の金融政策というのは“追加緩和の有無”に関わらず、いつも「デフレ予想」を強化している。その「デフレ予想」が「デフレと超円高」を生み出すという負のループが続いている。デフレやインフレは貨幣の問題であり、中央銀行が「生産年齢人口減少デフレ説」などの構造的デフレ説を振りかざしていても仕方がない。デフレや通貨高を止められるのは中央銀行だけであり、それは世界の常識である。

ドル/円(日足)と日銀の金融政策 “追加緩和の有無”に関わらず円高


(出所:石原順)

ユーロ/ドル(日足)とECBの金融政策 2011年9月の利上げ打ち止め宣言以降、ユーロ安相場に転換


(出所:石原順)

この円高が促すことは日本全体のシャッター商店街化だ。もう、日本の主要企業はみんな海外に出て行っている。慢性的なデフレで日本の家計はジリ貧の道を歩み、20年前の水準に戻っている。消費増税しても結局税収は減り続け、どんどん財政は悪化していくことになろう。この状態を放置すると「良い円安」は進まず、将来、待っているのは悪性インフレ的な「悪い円安」だろう。

円インデックス(日足) 失われた4カ月相場 海外勢は騙された…

上段:14日ADX
中段:26日標準偏差ボラティリティ
下段:21日ボリンジャーバンド1シグマ


(出所:ストックチャーツ)

ユーロ危機に参入と海外の新聞を賑わせていたヘッジファンドのポールソンも、昨日の報道では大きな損失を出したことが報道されている。有名な通貨ファンドも大きな損失を出している。6月ヘッジファンド業界の国際大会で明らかになったように、名うてのファンドも市場の高いリスクに圧倒されているということである。思惑で大きなポジションをとるべき環境にないということだ。勝っても負けても、淡々とテクニカル分析ベースで相場についていくのが一番良い。少なくとも、今年前半のクロス円相場は悪くなかった。

豪ドル/円(日足)

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

ユーロ/円(日足)

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

問題は年後半の相場である。どこの国の政府もとことん追い込まれないと、なかなか大胆な政策が出てこない。リーマン・ショック後の相場は、「危機→催促→対策→安心」のループの繰り返しである。今年も例によって秋口から危機に追い込まれ、その後に対策を打つと可能性が高くなりそうだ。確率的に分の良い180日ルール(10月買いの3月売り)の時期を迎えるまでは、不用意な買いは危険である。今後、ますます不確実性が増すことになるのではないか? 夏相場は無理をせず、小さな利益の積み重ねを狙うべき局面だろう。