6月17日(日)に行われるギリシャの再選挙を直前に控え、1日に7億ユーロの預金流出が起きている。「ユーロ離脱」を問う選挙を前に、「とりあえずギリシャの再選挙結果が出てみないとポジションを大きく傾けられない」との声が多く、市場参加者は身動きが取れなくなっている。ディーラーやファンドなどの職業的運用者も、ギリシャのイベントを前に「ギャンブル」で大損したとなると、会社や顧客に申し訳ができない。その結果、市場は宵越しのポジションを持たない短期取引者と短期のコンピュータ取引(アルゴリズム売買)が主力プレーヤーとなり、相場の不安定さ(振れの大きさ)を招いている。

今週の英エコノミスト誌に、海で溺れている人を前にして独のメルケル首相が泳ぎ方(クロール)の指導をしている挿絵が掲載されていたが、ユーロ圏の債務危機はギリシャやスペインの問題ではない。筆者が最初から指摘しているように、欧州の債務危機問題は救済を求めるギリシャの問題ではなく、金を出すドイツの問題である。

金をむしり取られる立場のドイツは、ギリシャやスペインのモラルハザードを徹底的に批判している。ドイツの言っていることは正しい。ただし、「正義の道は地獄に繋がっている」ということもあるのだ。日本の失われた20年をみていても解るが、過去の金融危機、恐慌、長期景気低迷(没落)は、政治家や中央銀行が「正しい(と当時は思われていた)」政策を行ったことで起きている。「せこいことを言っていると、結局高くつく」のは歴史が証明している。

ロイターが5月31日に実施したファンドマネージャー調査によると、来年末時点でギリシャがユーロ圏にとどまっていると予想したのは30人中19人と、半数を超えている。運用成績とクビ(解雇)がかかっている分、ファンドマネージャーは評論家より真剣な分析をするが、今のところ運用者は早期のギリシャユーロ離脱はないと見ている人の方が多い。

筆者は重要なイベントの前にはポジションを持たない。しかし、ギリシャの再選挙でEUとIMFの支援策を支持するNDが敗れ、急進左派連合のSYRIZAが勝っても、“現時点で”ユーロ離脱という選択はしないだろうと思っている。

メルケル首相は「国内政治を優先し欧州債務危機に十分な支援をしなかったために欧州危機を拡大させた」と、欧州各国から非難を受けている。1987年のブラックマンデーは、原理主義で動く(空気読まない・ロジックで動く)西ドイツの利上げが引き金となったが、欧州の債務危機問題解決のポイントは、ドイツがいつ妥協するかという一点にかかっている。

昨年9月の利上げ打ち止め以降のユーロは、基本的に「売り」の通貨である。ただし、現在は市場が売り一色に傾いているため、6月18~19日のメキシコG20サミットや、銀行同盟の創設の合意が噂される6月28~29日に開催されるEUサミットで「良いニュース」が出た場合の短期的な買い戻しには注意したい。現在、スペインやイタリア国債の金利上昇に関わらず、比較的ユーロが安定しているのは、ギリシャ再選挙前の手仕舞い(ユーロ買い戻し)が行われているからである。

ユーロ/ドル(日足)利下げと緩和は通貨安を促す


(出所:石原順)

シカゴIMMユーロ投機筋のポジション(6月5日時点) ユーロ売りがたまっている


(出所:石原順)

ユーロ/ドル(日足)トレンドがピークアウトした後のレンジ相場が展開されている

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

円相場は6月12日の「円相場は幾分過大評価、日銀はさらなる緩和を」とのIMF代表団(訪日している)発言を受けて、下値がやや堅くなっている。2月14日のバレンタイン緩和がIMF来日時に実施されたので、期待はしないものの6月15日の日銀会合が思惑を呼んでいる。日本は欧州危機でIMFに大金を拠出し、IMFも財務省の招きで来ているので、リップサビースをしてくれたようだ。IMFは「日銀さらなる金融緩和を実施できる」「こうした措置の効果を高めるために、日銀による市場とのコミュニケーションの強化が必要」と日銀にプレッシャーをかけている。財務省のシナリオ通りの発言である。

一方、白川日銀総裁は「量では金融緩和の度合いは測れない」「マネタリーベースが増えている時に円高になり、量的緩和解除後にむしろ円安になっている」「量と為替に明確な相関を見いだせない」と発言しており、量的緩和には後ろ向きだ。講演では「今以上にアグレッシブな国債買い入れによって、現在は低位の金利が反転上昇するリスクも招く」との本音も漏れている。要は円高や株安などどうでもよく(政治家はうるさいが・・)、借金大国である日本の国債金利が上昇する方が問題だ。だから、デフレのほうがよいと言うことだ。

日銀総裁の言うとおり、直近の緩和をみても日銀が量的緩和政策を行うと円高になっている。例外は、2月14日だけだ。量的緩和を行うと通貨高になるというのは理解しがたいことだが、これは期待値(市場の空気)とタイミングが読めず、市場との対話に失敗し続けている結果である。日本銀行の緩和政策と政府の公共事業は基本的に死に金とムダ撃ちの連続である。ノーベル賞学者ポール・クルーグマン氏は「もう、日銀には何も期待しない」と述べているが、現在の円相場を支えているのは78円割れの介入観測だけである。

ドル/円(日足)と日銀の追加緩和 日銀が緩和をすると円高になっている

日銀が量的緩和を行うと円高になる=市場との対話に失敗(市場が期待している時に何もしない)


(出所:石原順)

ドル/円の介入観測で下攻めしにくくなった円相場は、ユーロの上下に引っ張られる形でクロス円だけが動いている。ギリシャの再選挙待ちなので腰を据えた参加者がおらず、短期取引者による「往って来い」相場の連続だ。現在、26日標準偏差ボラティリティがピークアウトから低下している状況で、「トレンドがピークアウトした後のレンジ相場」という教科書通りの相場となっている。トレンドについていく順張り派にとっては、つまらない相場である。

豪ドル/円(日足)トレンドがピークアウトした後のレンジ相場が展開されている

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

ユーロ/円(日足)トレンドがピークアウトした後のレンジ相場が展開されている

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

ポンド/円(日足)トレンドがピークアウトした後のレンジ相場が展開されている

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

ドル/円(日足)次のトレンド待ち

上段:26日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:13日移動平均線(赤)・21日移動平均線(青)・21日ボリンジャーバンド1σ(茶) 9日RSI(鈍感バージョン)40-60 桃色=買い相場・水色=売り相場


(出所:石原順)

「ブラック・スワン」の著者ナシーム・タレブ氏は5月29日のモントリオールでのイベントで、「欧州単一通貨ユーロの崩壊の可能性があったとしても、米国よりも欧州が投資先として好ましい」「崩壊すれば、面白い通貨がたくさん出てくる。私が欧州、あるいは欧州への投資を恐れないのはそのためだ。私は米国の方が怖い」「欧州にはもちろん問題もあるが、米国よりもはるかによい状態にある」「現在はゼロ金利政策だが、米国で金利が上昇すれば、赤字がどうなるか目に浮かぶ。欧州は病人だがそのことを自覚している。米国は病んでいるのに分かっておらず、われわれがそれを話題にすることもない」と発言し、ユーロ崩壊は「大したことではない」と指摘している。(5月29日ブルームバーグ)

ギリシャの破綻事態は大した話(通常、破綻国は安い通貨で復活する)ではなく、ギリシャがユーロに加盟しているから問題なのだ。財政赤字という意味では、欧州より日本や米国のほうが深刻である。

米国は、財政の壁という「2013年問題」(総額6,000億ドルの財政赤字削減)を抱えている。米国の家計が保有する資産は、住宅市況の低迷により約4割も減っているのである。スクリューフレーション(Screwflation)」が進み、中間層はますます貧困化に向っている。「行動する用意はある」と言っているバーナンキFRBが6月20日のFOMCで動くか、追い込まれてから(欧州危機の情勢をみて)8月1日動くか、何れにせよ、無策では済まない。6月20日のFOMCで追加策がなければ、また催促相場となるだろう。

本日の報道では、「ギリシャがユーロ圏から離脱する場合、仏クレディ・アグリコルは外国の銀行で最も大きな損失を被る。同行がバランスシートに抱えるギリシャ関連の融資残高は230億ユーロ(約2兆3000億円)相当と外国の金融機関では最も大きい」(ブルームバーグ)と報道されている。

「不良債権を持つ金融機関にとって都合が悪い」として、時価会計の緩和や一部停止が行われている。しかし、このような「先送り」や「バブル飛ばし」をやらない限り、世界経済は恐慌になってしまう可能性がある。QE3をやっても効果がないという人は多い。QE1やQE2が何故行われたかと言えば、それは「時間稼ぎ」に過ぎない。効果があろうがなかろうが、やるしかないということだ。

2007年8月のパリバショックから始まった危機の連鎖はリーマン破綻後の金融緩和で実態が隠れているが、バランスシート調整にはまだ相当の時間を要する。「出口」などと言っている場合ではない。リーマン危機は克服されていないのだ。だから、今後も金融緩和は続いていく。金融緩和はもちろん「買い」である。結論は決まっているのだが、残念なことに人間も国家も危機的状況にならないと動かない。動くまでは、催促相場が続く。