中国芸能界を震撼させた二つの『通知』

 上海税務局が鄭爽に罰金を科した8月27日、中国サイバースペース当局が『“飯圏”乱象をより厳格に取り締まることに関する通知』を発表しました。日にちが偶然重なったわけではありません。

「飯圏」(ファンチュエン)というのは、芸能界においてアイドルや著名人の追っかけ現象を表した造語です。当局は、一般市民のアイドルや人気女優への追っかけや崇拝が行き過ぎていて、エンターテインメント市場がカオスと化していると言っているのです。

「通知」を具体的に見ていくと、次のような項目が含まれます。

・芸能人の人気ランキングを廃止
・芸能プロダクションを厳しく管理
・ファンのツイッターアカウントを規範化
・ファンを誘惑することによる消費を禁止
・番組設置への管理を強化
・未成年の関与を厳しく取り締まる
・ファンに向けた資金調達を規範化

 鄭爽の中国版ツイッターのフォロワー数は約1,200万(中国芸能界、著名人の中では突出して多いとは言えない)程度ですが、所属芸能人を売り込みたいプロダクション側は、インターネット上であの手この手を使って知名度を高め、イベント開催を通じて巨額の収益を上げている、肥大化するファングループがそれに加担している、双方の関係性は不透明で、結果的にカオス化している、故に取り締まりを強化する必要あり、ということなのでしょう。

 また例として、8月26日夜、親日的と猛烈な世論批判を浴びた経験を持つ人気女優・趙薇(ジャオ・ウェイ)の名前が中国の主要な動画サイトで検索できなくなり、過去に出演した数々のテレビドラマのクレジットからも同氏の名前が削除されました。中国版ツイッターでも、趙薇のファンが集うコミュニティーが突然閉鎖されています。当局による取り締まりを恐れるあまりに起こる現象だと言えます。

 上記の「通知」以上に重要なのが、9月2日、中国国家ラジオテレビ総局が発表した『文芸番組およびその人員への管理強化に関する通知』です。当局は、芸能人の違法行為や道徳失墜、「飯圏」乱象を厳しく取り締まり、愛党愛国や道徳意識に満ちた業界の風潮を鮮明に確立するためにこの『通知』を出したと断った上で、次のような点を要求しています。

・政治的立場が正しくなく、党、国に背く人員、社会の公平、正義のボトムラインを揺るがす人員を断固として使わないこと

・アクセス数至上主義や不良な「飯圏」文化を断固として取り締まること

・行き過ぎた娯楽化を断固取り締まると同時に、文化的自信を胸に、中華の優秀な伝統文化、革命文化、社会主義の先進的文化を大々的に高揚させること

・役者や出演者の報酬を厳格に規定し、それらの人員に社会的責任を持ち、公益性のある番組に参加するよう呼びかける。「陰陽契約」や脱税行為を厳しく処罰すること

・専門的、権威的な娯楽評論を展開する。正しい政治的方向性、世論的誘導、価値観志向を堅持すること

「飯圏」や「陰陽契約」という言葉が出てきていますが、8月27日と9月2日の両『通知』が、当局による一貫した立場でつながっているのが明確に見て取れるでしょう。前者が主にエンターテインメント市場でカオス化した現象を取り締まることにフォーカスしていたのに対し、後者は芸能という業界における経済、政治的側面まで踏み込んでいるのが特徴です。

 政治的に正しいこと(英語で言うところの「ポリティカルコレクトネス」)、要するに中国共産党が正しいと定義・主張する考え方やイデオロギーを守るだけでなく、それを前提にした上で、番組構成や人員采配を行うように指示しています。

 脱税行為を処罰する、説明のつかない、不透明なプラットフォームを取り締まるという程度であれば、それは市場の秩序や公平な競争を当局が保護するという意味で、歓迎すべきことです。

 しかしながら、芸能界・エンターテインメントという、自由な発想、価値観や人材の多様性が本質的にものをいう業界において、共産党の政治思想やイデオロギーを前面に押し出し、その枠組みの中で取り組むように命じるのは、業界全体を萎縮させ、市場の活力を奪ってしまうとも限りません。