芸能界規制強化の背後にあるのは「共同富裕」構想
中国当局は、なぜこのような「愚策」を発表したのでしょうか?
結論を言えば、最近、IT、教育、オンラインゲームといった業界で横行する規制ラッシュの一環であり、それは習近平(シー・ジンピン)政権の特徴を直接的に体現するものと言わざるを得ません。
そして、ラッシュの背景にあるバックボーンこそが、先週のレポートで報告した「共同富裕」構想に他ならないのです。
この問題を考える上で、先日、私が話を伺った中国経済官僚の考えが参考になります。
「鄧小平(ダン・シャオピン)が掲げた先富論は、まず一部の国民を富ませ、その後、ほかの国民を後に続かせるという計画であった。要するに、率先して裕福になった国民は、いまだ裕福ではない国民たちに手を差し伸べ、自らの富や財を社会に還元し、同胞と共有することが前提だった。しかし、先に富んだ人間はそうはせずに、勝ち逃げに走った。だからこそ、我々は共同富裕を政策として掲げ、勝ち組を逃がさないようにしているのである」
この言葉を聞いて、これまで付き合ってきた中国人たちの表情や様子が脳裏に浮かんできました。
遼寧省瀋陽市でタクシーの運転手をしていた男性(40代)は月収約2,000元(約3万4,000円)でした(2017年時点)。
一方、鄭爽と同じくらいの人気度を持つ女優(30代)のドラマ一話への出演料は50万元(約850万円)でした(2018年時点)。中国のドラマは異常に長いことが多いですが、30話に出演すれば1,500万元(約2億5,000万円)。彼女にはその他の収入もありますから、両者の年収ギャップは少なく見積もって1,000倍。
年収が高いことがよいか悪いか、芸能界にこれだけの資本が集まっているのがよいか悪いかは別として、社会主義国として共同富裕を掲げる中国の執政党(与党)である中国共産党が、この異常な格差を容認することはできないということなのでしょう。
収入が高いことは悪いことではない。当人の責任でもない。収入が低い人間には、それはそれで自らの能力や行動に足りない部分があるのかもしれない。しかしながら、共同富裕を掲げつつ、格差是正に本腰を入れて取り組もうとしている中国で稼ぎ、生きていこうとするのであれば、高所得者、高収益企業は、低所得者、中小企業をサポートすべく、自らの富を社会、人民に還元しなさい。中国当局はこのように主張、要求しているのでしょう。
独禁法違反でアリババに科された3,000億円、脱税で鄭爽に課された51億円。背景にある論理は全く同じ。「共同富裕」が目的であり、規制強化はそのための手段。これからも中国という巨大市場で生き残っていこうとするのであれば、当事者たちに当局に歯向かう選択肢はありません。科された額を払い、「襟を正してくださいました」と党に謝意を示し、過失を犯した分、これからしっかりと人民に奉仕しますと誓うのです。
高所得者・高収益企業が低所得者層に寄り添い、富や財を社会に還元していくことには意味もあるでしょう。世界一の経済大国・米国にも寄付・慈善事業の文化は根強いです。
一方で、当局からの政治的な要求を満たすことに躍起になり、規制強化を逃れることに疲弊する当事者たちの企業収益や行動意欲が削がれ、結果的に経済成長の足かせとなってしまうリスクは軽視できません。
そして、経済が低迷すれば、当然、中国共産党の正統性にも影響が出てきます。このあたりの「不都合な真実」をどうマネージするかが鍵になっていくでしょう。