8月、習近平(シー・ジンピン)総書記が提唱した「共同富裕」構想が物議を醸しています。

 この目標は「社会主義中国」に符合し、成長の陰で広がった経済格差の是正には大義名分を見いだせる一方、富める実力者、稼げる大企業を締め付け、「市場経済中国」が停滞するリスクをはらんでいます。

「共同富裕」は何を意味するのか、中国経済はどこへ向かうのか、今回は読み解いていきます。

習近平は「共同富裕」をどう語ったのか?

 8月17日、習近平総書記が主任を兼任する中央財経委員会が第10回会議を開き、「共同富裕は社会主義の本質的要求である」と審議しました。

 中国はマルクス主義を指導思想とする社会主義国。本来、「みんなで一緒に豊かになる」ことを国家建設の目標にしていますから、「共同富裕」という概念、提起自体は決して目新しいものではありません。

 習総書記自身、第1次政権時(2012~2017年)の時点で、「共同富裕とは、マルクス主義の基本的な目標であり、わが国人民にとっては、有史以来基本的理想である」(2016年1月18日、省長・部長級主要幹部向けの研修会での談話)などと公言しています。

 とはいえ、今回の「共同富裕」は政治的重要性という意味で次元が異なります。

 習総書記自らがトップ(主任)を務め、李克強(リー・カーチャン)副主任、王滬寧(ワン・フーニン)委員、韓正(ハン・ジェン)委員、そして汪洋(ワン・ヤン)全国政治協商会議主席と、7人いる政治局常務委員のうち、5人が会議に参加し、会議自体も「共同富裕という問題を堅実に推し進めるための研究」を最優先テーマに据えていたからです。

 この意味で、習近平政権として、「共同富裕」を前代未聞の次元で重視していることは事実だといえます。

 では会議が、「共同富裕」についてどう語ったのか。具体的に見ていきましょう。

「共同富裕は人民全体の富裕である。人民の物質的、精神的生活の富裕である。少数の富裕ではなく、画一的な平均主義でもない。段階を踏んで促進するのが共同富裕である」

「人民を中心に据える発展思想を堅持し、高質量発展の中で共同富裕を促進すべきだ。効率性と公平性の関係を正しく処理し、第1次分配、再分配、第3次分配を協調させる基礎的制度を構築すべきだ」

 議論を呼んだのが、「第3次分配」という提起です。効率性を重視し、市場主導で行われる第1次分配、公平性を重視し、政府主導で行われる再分配に続く第3次分配とは、道徳性や公益性を重視し、社会主導で行われるというのが、中国当局の解釈のようです。

 会議は「共同富裕とは社会主義にとって本質的要求」だと明確に主張しています。裕福になった個人や、収益を上げた企業は、積極的に富や財を社会に還元し、低所得者や貧困層に寄り添うことで、「共同富裕」の実現に貢献していくべきだというのが会議の主張にほかなりません。

 ここで中国経済発展の歩みを簡単に振り返ります。

 1970年代後半に始まった改革開放以降、鄧小平(ダン・シャオピン)が提唱した「先富論」に基づき、まずは一部の人たちを優先的に富ませ、それから残った人たちを富ませるべく動く政策が取られました。

 これは、10億人以上の人口を抱える巨大国家を、一律、いっせいに富ませることは不可能であるという前提から、段階を踏んで豊かさを実現することを目標としていました。

 そのために、鄧小平は米国や日本といった西側先進国との関係を安定的に管理しつつ、資本や技術といった分野で外国企業の力を借り、これを使いながら、中国の近代化を推し進めてきたのです。

 2010年にはGDP(国内総生産)で日本を追い抜き、共産党結党百周年を迎えた現在に至っては、経済、軍事、科学技術などあらゆる分野で超大国米国と肩を並べるべく、対等に付き合うべく野心をむき出しにしています。中国はもはや「外国の力など必要ない」「米国に対しても言うことは言っていく」「中国人をなめるな」と吠えているようにすら映ります。

 このタイミングでの「共同富裕」の提起は、裏返せば「先富論」の放棄であり、それはすなわち、鄧小平時代への決別、習近平時代の一つの幕開けを示唆しているというのが私の分析です。