リスク資産を売ってもいい場合

 さて、お金の運用の本を評する場合に、「この本は、何を買えとは書いてあるけれども、どういう時に売れと、『売りの基準』が書かれていないので、今ひとつ実用的でないな…」と言われる場合がある。確かに、お金の運用は、将来お金を使うために行うのだし、リスク資産を「売ってもいい場合」は確かにあるので、『売りの基準』を整理しておくのはいいことだろう。
 筆者が思うに、投資家が、保有するリスク資産を売ってもいい場合が3つある。最初の2つは、投資家が相場の先行きや資産価格に関して判断材料を持っていない場合にも該当するもので、最後の1つは、ある程度判断ができる場合に適用できると考えられるものだ。

 すなわち、普通の投資家は、前の2つだけを覚えておくだけで十分だ。

投資家が保有するリスク資産の一部を売ってもいい3つの場合

【売ってもいい場合その1】お金が必要な場合
【売ってもいい場合その2】リスクが過大になる事情が発生した場合
【売ってもいい場合その3】リスク資産価格が割高だと判断できた場合

 お金が必要な場合に、保有するリスク資産の一部を売却することは悪いことではない。むしろ、心掛けるべきことは、リスク資産の価格を気にせずに必要額を淡々と現金化することだ。たとえば、年金収入に加えて資産からのインカム収入や資産取り崩しで生活する高齢者の場合、運用商品の内容や各種のコストを考えると、1年に一度程度、計画的に計算することをすすめたい。資産の一年分の取り崩し額をリスク資産も売却することで捻出して、普通預金口座に入金し、そこから生活費の支出をするといい。毎月分配型や、公的年金の支払いがない奇数月に分配するような商品を利用することは、手数料を考えただけで「もったいない!」。

「高齢者には、分配金のニーズがある」などと言う金融マンが時々いるのだが、「分配金ニーズ」は上記のような方法と比較して非合理的である。誤った「ニーズ」を放置するのは不親切というものだし、またそれを喚起してビジネスにつなげようとするのは非倫理的だ(少なくともフィデューシャリー・デューティーには明白に反する)。

 もちろん、高齢者だけでなく、若い投資家も、有効なお金の使い途がある時に(教育資金も、起業資金も、遊びのお金も!)、リスク資産を一部取り崩して、その支出に充てることは悪くない。お金は、単なる手段であり、使うためにこそある。リスク資産での運用は、ただ手元にあるお金を「なるべく増やそうとしている」に過ぎない。

 また、資産運用での許容損失額が縮小するような事情が発生した場合に、リスク資産の一部を売却してリスク・ポジションを調整することは適切な行動だ。「許容損失額の縮小」は、将来におよび現在に新しく重要性の高い支出のニーズが生まれた場合や、健康状態・勤務先の状況の変化、大きな損失の発生などで起こり得るだろう。株価が大きく下落した場合、経験則的にはそのまま投資ポジションを維持して再上昇を待つことがいい場合が多いのだが、「これ以上損失が拡大すると、将来の生活に支障が生じる」ということが計算上はっきりしているなら、必要な所までリスク・ポジションを落とすべきだ。投資は「許容可能なリスクの範囲の中で」行うべきものだ。

 ただ、株価が下がった時には、気持ちが動転したり消極的になったりしているかも知れないが、あらためて考え直してみると(たとえば、老後の生活費への影響を冷静に計算して見ると)「リスクを取っていても大丈夫だ」と思える場合が多いことを付け加えておきたい。
 
 個人が、「リスクが過大になったこと」を理由に「売り」を選択しなければならない場合はそう多くない。まして、株価が上昇した場合の「利益確定の売り」が正当化される理由になるはずがない。通常、資産額が増えると損失の許容額は拡大する。

 3番目に挙げたのは、「資産価格が高すぎる」「確実にバブルだ!」「金融引き締めによって債券の魅力が大きくなった」といった場合に、リスク資産を「一部」売ることが正当化できる場合があるということだ。これらの条件を一つに集約すると、「リスク資産の価格が、明らかにかつ大幅に高過ぎる」と判断できた場合ということになる。

 繰り返しになるが「いったん売って、より安く買い戻す」のは大変難しいので、普通の投資家は、下げ相場にも付き合うと決め込んで長期に保有し続けることが合理的で無難な行動方針である。あえて判断しようとする場合、基準の建て方は難しいが、たとえば、「株式と長期債券を比較した場合に、株価が適正価格よりも50%以上高くなった場合」に保有株式の一部を売って債券に乗り換えてもいい、というくらいなのではないかと筆者は考えている。

 たとえば、「PER(株価収益率)は16倍が適正だと判断した場合に、24倍を超えてきたら、持ち株の1割かせいぜい2割くらいを売ってみてもいいのではないか…」というくらいが筆者の判断基準だ。不親切かも知れないが、適正株価を自分で判断できる人以外には関係のない原則なので、今回は「適正株価の判断方法」については言及しない。
 

スノーボールを膨らませよう

 冒頭の問題に戻ると、少なくとも長期投資で資産形成しようと考える投資家は、「利益確定の売り」を考える必要はないし、万一その考えが頭に浮かんだら、合理性を武器に誘惑と戦うのがいいだろう。じっくり複利で転がして、スノーボールを膨らませよう。