基調インフレ率など「データ次第」で早期追加利上げあり得なくない

――植田総裁は「緩和的な金融環境が続く」と説明していましたが、市場の関心は金利がどのくらいまで上がるか、どのくらいのペースで利上げを進めるのかといった点ですが、どのようにみますか?

 ターミナルレート(利上げ局面での到達金利)がどのくらいになるか、分かりません。エコノミストで強気な人でも1%強ぐらいで、2%とみる人は非常に少ないです。植田さんも言うように今後の基調的なインフレ率次第です。植田さんも会見では予断を与えないようにデータ次第だと強調していました。

 このターミナルレートは「どこまで上げるべきか」と「どこまで上げられるか」という二つの観点があります。どこまで上げるべきかという点では、植田さんが2%まで上げたいのははっきりしています。

 植田さんが2%のインフレ目標を擁護する時に持ち出すのは「のりしろ論」(※)です。インフレ目標を持続的に達成し金利を2%に上げたら、不景気の時に2%利下げできるのりしろができます。のりしろを作ることが経済安定化のために非常に重要という考えなので、2%まで上げたい、と考えているのは間違いないと思います。

 二つ目の上げられるかという点は、引き締め的でも緩和的でもない、いわゆる中立金利が関係します。植田さんは会見で、予想インフレ率と現在の金利を考えると、中立金利は実質金利を大きく下回っているという言い方をしていました。

 中立金利がどこにあるか正確には分かりません。中立金利が思ったより低かったら、金利をそれより上げると景気を冷やし、物価を下げてしまうので上げられなくなります。植田さんが、のりしろ論を優先して利上げをすることは考えにくいと思います。

 また、今の金融システムはゼロ金利やマイナス金利の超低金利の泥沼に何十年も浸かった結果、そこから抜け出る時に何が起きるか分かりません。この点にも言及して、植田さんは慎重に進めると言っていました。

 ただ、これはコミットメントではありません。金融緩和の解除を徐々に進めると慎重な姿勢を示しつつ、データ次第で判断する。基調的なインフレ率が予想以上に上がり、企業が金利負担に耐えられそうだと判断できたら、金利を比較的早く上げることはあり得なくはありません。

 ただ、今回は市場では、非常に慎重な金融緩和解除だと受け止められたので、円安がかえって進みました。

最近の円相場の推移

(※)金融政策の「のりしろ」 中央銀行が不景気やデフレの際に金融緩和で適切に対応できるよう、あらかじめある程度高い金利水準という若干の「のりしろ」を確保しておくことが望ましいとする考え方。中銀はインフレを抑えるため理論上は金利をいくらでも引き上げられる一方、デフレに直面した場合、金利の引き下げ余地に限界があり政策対応力が限られることが背景にある。主要な先進国の中銀はインフレ率2%を物価安定の定義としている。

――日本経済はどこまでの利上げに耐えられるでしょうか? 潜在成長率は1%を下回る状況が続いています。日銀の物価見通しも1月時点の展望リポート(経済・物価情勢の展望)で2025年度に2%を下回るとの予想です。

 潜在成長率の観点からは、2%の金利は荷が重いという見方はあり得ます。この場合、のりしろ論は破綻することになります。

 2%の物価安定の目標達成が今後も継続的にできるかどうか、私自身はまだ不透明性が高いとみています。植田さんも見通せる状況に至ったという慎重な言い方で、もう大丈夫だとは言っていません。

 インフレ率の見通しについて、識者によってインフレが加速する見方と、インフレ率が下がってくる見方で分かれます。

 インフレ率が徐々に下がって、2%をまた切ることを標準シナリオにする人もいれば、逆に予想外の高い賃上げ、低金利を続けることによる円安、家庭や企業の電気・ガス代負担を抑えるための政府の補助金打ち切りなどが相まって、2%をかなり上回るインフレが続くと懸念する人もいます。どちらもあり得ると思います。

――日銀の過去の利上げ局面を振り返ると、2000年8月のゼロ金利解除や2006~2007年の利上げ時も長続きしませんでした。世界経済次第の面もありますが、日銀は今回、利上げを長く続けられるでしょうか?

 速水優さんが総裁だった2000年の利上げの時は、その後のITバブルの崩壊を予見できませんでした。福井俊彦総裁時代の利上げは、当時米国で起きていたサブプライムローン問題がリーマン・ショックなどの国際金融危機にまで発展するとまで見通せませんでした。

 大きな外生的ショックがあれば景気の先行きは下振れてしまうので、その二つの時との比較から簡単には言えません。

 ただ、今回明らかに違う点は、植田さんは、速水さんや福井さんに比べて、利上げを急ぎませんでした。速水さんも福井さんも利上げに前のめりでした。お二人ともゼロ金利への嫌悪感は強く、それだけに経済情勢の読み方もこう読めば利上げできる、するべき、というものでした。

 だけど、植田さんは、今年の春闘の回答額が大きく上振れて、市場から3月にマイナス金利解除を催促される形で、あるいは催促されるような状況を演出して動いたわけです。そこが大きな違いです。

 うまくいけば賃金と物価が上がるパスに乗る可能性はありますが、まだ分かりません。

 不確実性の高い理由は円安です。春闘で賃金は上がっても、円安がさらにじりじり進むと個人消費は押し下げられる可能性があります。

 日本経済で好循環が回るためには、潜在成長率も生産性も上がり、実質賃金が上がる中で企業が十分な利潤を上げられる、といった状況にならないといけません。単に名目賃金と物価が2%上がって万歳という話ではありません。

 企業と家計の分配の鍵になるのは為替です。円安は企業と家計に相反する影響を与えるので、金融政策への圧力は、そのときどきの社会心理や政治状況にも影響されます。