マイナス金利解除とYCC撤廃の同時実施も

──マイナス金利の解除やYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)の撤廃、QT(量的引き締め)など緩和政策からの出口戦略について、日銀はどうやって進めていくと思いますか?

 恐らく日銀が最初に手を付けるものはマイナス金利解除とYCC撤廃の二つですね。どっちを先にやるか、日銀も決めていないと言っています。ただ、どちらも2%物価目標の実現が見通せる状況になったら検討することになっていて、条件は同じです。同時に両方ともやめてしまうのが一番すっきりするように思います。

 

──両方ともですか?

 はい。マイナス金利もYCCも、これまで物価目標を実現するための異例の手段として用いてきたわけです。物価目標を実現できるとなると、続ける意味がありません。どっちかだけ続けてもう片方を残すというのは理屈が立たないので、両方とも同時にやめるのが一番すっきりします。

 細かいことを言えば、その時の長期債市場の動向を勘案して、YCCをやめるのを少し後ずれさせるとか、逆にYCCを早めにやめた方がいいと考えるかもしれません。そこは市場の状況次第の面もありますが、基本的にやめるタイミングにあまり差はないとみています。

 

10月会合でも長期金利上昇なら、YCC一段の柔軟化はあり得る

──米国の金融引き締めが長期化するとの見方から、日本の長期金利が0.8%台まで一時上がりました。​長期金利がYCCでの事実上の上限である1%を超える可能性はないでしょうか?

 ないとは言い切れません。特に米国の金利情勢によっては、日本の長期金利も1%近くまで上がる可能性があります。日銀は、2%物価目標の実現だけではなく、マーケット機能の維持も重視しています。

 長期金利の市場実勢がどんどん上がっているのに、日銀が無理やり低いところに金利を抑え込もうとすると市場機能が壊れていきます。そのため、物価目標が実現できる前でも市場の機能にある程度配慮して、YCCは続けるがその修正をする、ということはあり得るわけです。

 昨年12月や今年7月にYCCの修正をして、長期金利が以前よりもう少し上がっても良い形にしたわけですね。昨年12月は、変動幅の上限を0.25%から0.5%に上げました。今年7月は0.5%から1%まで上限を事実上一気に上げたわけです。

 ただ7月の上限引き上げは本当に1%まで上がると想定したわけではなく、念のため高い上限を設けました。あまり急激に変動する場合は日銀が国債の買い入れオペ(公開市場操作)をして金利を抑えにいく形に修正したわけです。

 そういう観点からすると、来年の春闘結果が分かる前でもYCCの修正はあり得るわけです。さすがに今は長期金利の上限が1%と高いので、修正の可能性が高いとは思いません。

 しかし、米金利が上昇したり、市場が日銀よりも先んじて2%物価実現を織り込みにいったりすると、1%の上限でも守り切れない可能性が出てきます。10月末の会合まで何が起こるか分かりません。場合によってはYCCをもう1回修正する可能性はあります。毎回ライブ会合なんです。

──オーストラリア準備銀行がYCCと似た政策を2020年3月に導入してその後、インフレ加速による金利上昇を抑えられず、金利操作を撤回せざるを得ない状況に追い込まれました。日銀もそうした事態に陥る可能性はありますか?

 日銀は事前にオーストラリア中央銀行の失敗例を見ることができたわけです。日銀はそこから教訓を学びながら、YCCで抑える長期金利水準が市場実勢とあまり乖離(かいり)しないように、徐々に変動幅の上限を上げてきました。もし今、上限が昨年の0.25%のままだったら、本当にオーストラリア準銀みたいなことが起きた可能性があります。

短期金利「永遠のゼロ」終わる可能性も、変動金利は「賭け」に

──短期金利のマイナス金利を解除したり、YCC撤廃で長期金利を低く抑えることをやめれば、住宅ローンの金利が上がったり、企業が借り入れる際の利率が上がったりする恐れがあります。経済への影響はどう考えたらいいでしょうか?

 マイナス金利解除とYCC撤廃だけなら、それほど大きな影響は出ないと思います。問題はどれくらい長期金利と短期金利がその後、上がっていくかということです。

 日銀がマイナス金利を撤廃しても、マイナス0.1%から0%にわずかに上がるだけです。しかも、マイナス金利が適用されているのは民間銀行が日銀に預ける当座預金のごく一部だけで、銀行の貸出金利のほとんどに影響しないと思います。

 日銀がマイナス金利解除後に、短期金利を0.0%から0.25%、0.5%、場合によっては1.0%、2.0%と上げていけば、銀行の住宅ローンの変動金利にも影響が出てきます。

 住宅ローンの固定金利は長期金利にほぼ連動しているので、既にちょっと上がり始めています。どのくらい上がるかは最終的には日銀が短期金利をどれくらい上げるかにかかっています。長期金利は10年金利なら、向こう10年の短期金利がどうなるかについての市場予想によって決まります。

 日銀が短期金利のマイナス金利をやめても、マーケットがその後もずっと0%だと予想すれば、長期金利もほとんど上がりません。だから、日銀が結局、短期金利を今後2、3、5年の期間でどのくらい上げるかによって、全然違います。今から正確な予想はできません。まさにそこが変動金利のリスクですね。

 変動金利が2年後、3年後、5年後に何%なのか誰も分かりません。はっきり言えば、変動金利でお金を借りるのは「賭け」ですよね。賭けに勝つ場合もあれば、負ける場合もある。賭けをするなら、負けても仕方ないと割り切ってそのゲームに参加する心構えが大事になるわけです。

──いままで低金利に慣れ過ぎていたから、マインドチェンジが必要ということですか?

 私は2年くらい前まで、「永遠のゼロ」と言っていたんです。金利はずっとゼロだから、変動金利は全くリスクがないと。でも、状況が変わってきました。今の時点で必ず上がると言い切れませんが、永遠のゼロと言えない可能性がかなり出てきています。

 どちらに転ぶか分かりませんが、日本に2%のインフレが定着すると、金利がそれより低いのはおかしいので少なくとも2%には上がると思います。日銀が決める政策金利が2%になれば、住宅ローンの変動金利が2.5%や3%になる可能性があります。

 日銀がマイナス金利を解除するのは、2%物価目標の実現を見通せるようになったと判断した時ですが、来年や再来年になったら経済の弱さが露呈したり、物価がまた上がらなかったりすることも十分あり得るわけです。そうなると物価上昇率も1.5%や1%と、小さなプラスにとどまることもあり得ます。

 日銀としては物価を毎年2%上昇させることが一番の目的です。目標より低ければ、なるべく金融緩和を続けて、物価が上がりやすい環境を維持しようとします。マイナス金利をやめても、そこから金利を上げる理由がありません。

 逆に、2%目標をクリーンに達成すると、その後インフレが3%、4%と進んでしまうリスクもあります。その場合は金利を引き上げて、景気への悪影響をある程度覚悟の上で、物価を抑えざるを得なくなるわけです。

 中央銀行は景気を悪くしたいと思っているわけではありません。金利の上昇で借り入れコストが上がって困る人が出てほしくないし、上げなくていいなら上げません。ただ、物価が2%を超えて高い状態が続くと、金利を上げて物価を抑えないといけない。その可能性が今はゼロではなくなってきているということです。

──これまで物価が下振れするリスクが大きかったと思いますが、これからは上振れするリスクも意識されつつあるということですか?

 今後は両方あります。かつては物価の上振れリスクは心配する必要がなかったわけですけど、物価上昇が2%を超えた状態が続き、金利を2%かそれ以上にしなければならないリスクも出てきています。

 日銀はマイナス金利を解除した後も、ずっと2%物価目標に沿って政策を決めるので、2%よりも高いインフレが続くのか、低いインフレが続くのかによって、金利水準は全然違ってきます。2%近くでも2%より下のインフレが続くなら、金利は0%からそれほど上がらないことも十分ありえます。

 過去1年半くらいの米国や欧州の状況は参考になります。米国は昨年初めまで政策金利はゼロでした。欧州に至っては、民間銀行がECB(欧州中央銀行)に預ける際の金利(中銀預金金利)は昨年7月までマイナス0.5%でした。

 ECBは日銀よりもっと深いマイナス金利をしていたのに、マイナス0.5からプラス4.0%まで、一年ちょっとで上げてきました。こうした例が世界にあるわけです。日銀もプラスに上げる可能性が出てきたことは無視できない変化です。

──日銀がこれまで大量に買い入れた国債やETF(上場投資信託)はどのように市場に放出していきますか?株式相場の下落など影響は出ませんか?

 国債の保有残高をどうやって落とすか、日銀からまだ何の情報発信もないので分かりません。米国も欧州も金利を上げ始めてしばらくしてQT、国債の保有残高を落としているので、日銀も同じようにする可能性が高いと思います。

 ただ、他の中央銀行もそうですが、マーケットへの影響をあまり与えないよう緩やかにバランスシートを小さくしていくので、大きな意味があるものではないと思います。

 むしろその手前でどれくらい金利を上げられるかの方がはるかに大事で、米国のFRB(連邦準備制度理事会)もECBも政策の主要ツールはあくまで政策金利だと言っています。QTはあまり気にすることはないですね。

 それから、買い入れたETFはどうするか、永久に持っていても問題ないもので、もしかすると永久に持っているかもしれません。もしくは徐々にマーケットに戻していくことが素直なやり方ですね。

 ただ、相当なスピードで買い入れたので簿価で40兆円近い残高になっています。時価ではもっと高いですけど、それを年2,3兆円のペースで売っていくとマーケットインパクトが出る可能性がありますから、もっとはるかに緩やかに進めるとすれば、残高を全部落とすのに数十年、百年単位かかる話になります。

 ETFは持っていても非常にまずいわけではないので、それでいいと割り切る可能性がありますね。追加的な買い入れはマーケットをゆがめる問題が途中から起きてきたので、今はマーケットが前場で大きく下がった時にごく限定的に実施しています。フローではほとんど買っていないので、今の状態がほぼ最終形だと思います。