これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。自分たち家族の人生に必要なお金について、話し合い始めた二人は、それぞれの収入と支出を公開しあうことになったが…。

使っていない銀行口座がいくつも出てきた!

 金曜の夜、信一郎はファイルとパソコンを手に、ダイニングテーブルに向かった。理香はまだ寝室で、美咲の寝かしつけにもう少し時間がかかりそうだ。信一郎は秘蔵の焼酎を少しだけグラスに入れ、理香の分のグラスも用意してパソコンを開いた。

「寝た寝た。今日は保育園で、公園までお出かけしたみたいだから割と早く寝てくれたわ」

 ほどなく寝室から出てきた理香は、ちょっと眉をしかめた。

「あー。飲んでるの? まじめな話をしたいのに」

「悪い悪い。理香の分も用意したから、少し飲もうよ」

「…そうね。少しくらい酔った方が、本音で話せるかも」

 カチンと軽く乾杯し、二人はいよいよ「お金の話」をし始めた。

 

 まずは理香が自分の通帳数冊を開く。さらにスマホでネット銀行のアプリを開いた。

「独身時代から持っている銀行口座が二つ、会社に勤め始めてから給与振り込みのために開いたネット銀行が一つ。健が小学校に入ったときに給食費なんかを引き落とししてもらうために必要で作った銀行の口座が一つ。合計で四つも口座があったわ。独身時代のなんてほったらかしてたから、けっこうお金が残っててビックリ」

「つまり、支出とは関係ない休眠口座が二つ、出し入れがある稼働口座が二つ、っていうことだね」

 信一郎がうなずく。

「いらないのは閉じちゃった方がいいのかしら」

「持っててもいいけど、いくらお金が入ってるかは常に把握しておいたほうがいいかもな。それより、理香はクレジットカードをよく使ってるだろう? そっちはどの銀行から引き落としてる?」

「それは、給与用のネット銀行ね。食品なんかもだいたいクレカで払っちゃうし、ガス代や電気代はクレカでまとめて引き落としてもらってるのよね」

 ふむふむ、と信一郎はうなずいた。

「僕は、同じ銀行に口座が二つあったよ。勤め先が給与振り込み用に指定してきた銀行が、学生時代から使っていた銀行と同じだったんだけど、給与振り込み用には新たにA支店で新規口座を開設する必要があったから、同じ銀行に二つ口座があるっていう状況になっちゃったんだ。けっこう無駄だな、こっちは一つにまとめてしまった方が管理しやすそうだな…」

 それよりも、と信一郎は理香の通帳を覗き込んだ。

「収入よりも、支出の方をもっとわかりやすくまとめられるといいよね。支出の総金額によっては、二人の収入を全部出し合った方がいいのか、負担の割合を決めたほうがいいのか、変わってくるような気がする…」

「そうね…」

 理香も考え込んだ。

「今の支出だけじゃなくて、今後の支出も理香は気になってるんだろう?」

「そうなの! 健が中学になったら、学費はもちろんだけど、想像以上にお金がかかるみたいなんだ。中学生のお兄ちゃんがいるママ友が言ってたんだけど、制服代もすっごい高かったし、今まで割引があった交通費も大人扱いになるし、高校受験用の塾代もだいぶ値上がりするんだって。中学になってからのお金のかかり具合が家計を大圧迫してるって愚痴ってて、怖くなったのよ」

「今後かかるかもしれないお金も試算して、準備を始めないといけないってことだね。確かに理香の言う通り『まだ早い』でも『もうちょっと先』でもなかったな…」

「そうなのよ。やっとわかってくれたのね」

 理香は、我が意を得たりとうなずいた。

「健が私立なら、美咲だって私立にしなきゃ不公平でしょう? 二人とも私立中学、私立高校、私立大学っていうルートに耐えられるくらいは、しっかり準備しないと心配じゃない?」

「待て待て。私立に行きたがるかどうかは本人次第じゃないか? 私立に通わせるより、旅行や習い事にお金をかけて、お金では買えない体験をたくさんさせてやる方がいいと僕は思うけどな」

 最もお金がかかるルートを想定するのは早すぎる、と信一郎は熱弁をふるった。

「でも、もし、健や美咲が私立ルートを選んだ場合、『お金がないからゴメンね』って言いたくないのよ。仮でもいいから一番お金がかかるパターンを想定しておけば安心じゃない?」

 理香も食い下がる。

「でも、奨学金や学資保険なんかも利用すれば、お金が理由で進路をあきらめさせなくてもいいんじゃないか? うちの親だって頼めば少しは援助してくれるだろうし」

「絶対反対。お義母さんたちだって自分の生活があるのよ。健や美咲のことで頼るのは最後の手段だと思う」

 下手に相談せず、勝手に節約と貯金を始めてしまえばよかったかな、と理香は少し後悔し始めた。慎重なのは信一郎の魅力の一つだし、信一郎の主張がたいてい正しいのも認めてはいるが、子供に関することは理香の意見も尊重してほしい。

 慎重で、現状を変えたがらない信一郎に「相談」という形をとったのは悪手だったかもしれない。「今度からこうするからね!」と明るく言い放って強引に推し進めると、信一郎は反対しない場合も多いのだ。復職タイミングを決める時、その手でうまくいったのを思い出し、理香は少し顔をしかめた。

「でも、今の二人の収入を整理して、出費を絞れば、時間さえあれば準備もできるんじゃないか?」

「それは私たち夫婦が元気で働き続けられる場合でしょ? お互い今は元気だけど、どっちかが体調を崩したり、不況のあおりで収入が減ったりする可能性だってあるじゃない。現に私は今、時短勤務で、出産前よりは収入が落ちてるし…」

「うーん、そうか…。教育費でお金を使い切って、僕たちの老後がカツカツっていうのも避けたいよな…」

 二人は腕組みをして考え込んだ。

 しかたない、と信一郎はグラスの中身を飲み干した。

「とにかく、二人だけで考えてても結論は出ないよ。情報が少なすぎる。もうこんな時間だし、今日はいったん寝て、お互い、情報収集しよう。僕は工藤さんに投資についてもう少し聞いてみる。理香は、僕のパソコンを自由に見ていいから、毎月の出費を整理してみて」

 分かったわ、と理香もグラスを空けた。

「いつ?」

「同じく来週の金曜の夜。毎週金曜に少し話をするようにしよう」

「お金の話だけに金曜日ってことね、いいわね」

 二人は顔を見合わせて大きなあくびをし、笑いあった。

<1-4>老後と現在、どちらのために生きる?>>