中国政府の姿勢と今後の見通し

 中国国有大手5社が今回米上場廃止を発表した理由はおおむね似通っています。当該企業が発表した声明によれば、大きく2点あり、(1)上場している他の市場に比べ、NYSEにおける取引量が減少していること、(2)NYSEでの上場を維持するために必要な開示義務を果たすことは、かなりの事務的負担とコストを生じさせること、です。

 8月12日、これら5社の発表を受けて、中国証券監督管理委員会も短めの声明文を発表しています。中国政府の立場を理解する上で極めて重要であるため、以下全文を引用します。

「上場、および上場廃止はいずれも資本市場における常態である。当該企業が発表した情報によれば、これらの企業は米国で上場して以来、米国資本市場のルールや監督要求を厳格に守ってきている。その上で、上場廃止という選択をしたのは自社の商業的理由に由来すると理解する。これらの企業は複数の市場で上場しており、米国市場での証券の比率は小さい。昨今の上場廃止計画は企業が引き続き国内外における資本市場で資金調達をし、企業の成長につなげることに影響しない。当会は各企業が自社の実質的状況、および海外上場先のルールに基づく決定を尊重する。我々は海外の関連管理監督機構との意思疎通を保持し、企業と投資家の合法的権益を共同で守っていきたいと考えている」

 中国政府として、(1)あくまでも当該企業自身による決定である点を強調している、(2)当該企業の決定に対して支持している、(3)これらの動向が中国経済や企業の成長に悪影響を及ぼすことはないと認識している、といった姿勢が見て取れます。

 この姿勢を基に、今後の見通しを3点書き留めておきたいと思います。

 一つ目に、中国企業がこれまでのように米国市場に預託証券株式を上場させるという流れは相当程度止まり、かつ上場廃止の動きが強まるであろうという点。この流れを加速させる根本的な原因はやはり米中対立、およびその過程で深まる米中間の相互不信に他なりません。興味深いのは、米中証券当局間の利害関係は意外と一致していること。それぞれが、国家安全保障の観点から中国企業の米国上場に対してこれまで以上に監視の目を光らせ、当該企業には慎重に慎重を重ねるよう呼び掛けていく見込みです。

 二つ目に、この流れが加速する中、中国の優良企業の多くは国内での上場に注力するという点。過去に米国に上場していた企業、これからしようとしていた企業が、香港を中心に、上海や深センでの上場、およびその後の企業パフォーマンスに注力するという流れが強まるのも必至でしょう。中国当局もそれを後押しすると同時に、これまで以上に香港市場と上海・深セン市場間のコネクトとインタラクションを強化すべく働きかけるでしょう。

 実際に、今回米国からの上場廃止を決定した5社全てが香港と上海で上場しています。

中国人寿保険:香港(2628)上海(601628)

中国アルミニウム:香港(2600)、上海(601660)

ペトロチャイナ: 香港(857)上海(601857)

シノペック:香港(386)上海(600871)

シノペック上海:香港(338)上海(600688)

 三つ目に、今後どれだけの、どの種の中国企業が米国上場を廃止するかには注意が必要で、中国当局には、この分野で米国当局と喧嘩するつもりはないという点。

 今回、足並みをそろえて米国での上場廃止を発表したのが全て国有企業であった事実が重要です。中国当局からすれば、米国に上場していることで国家機密やデータが流出するのを最も恐れるのが国有企業であることは論をまちません。この点において、国有企業と民間企業に対するスタンスには若干の温度差があるということです。民間企業ではすでに大量のデータ(軍事など機微な情報にも関わる)を扱う滴滴出行が米国市場から撤退していますが、今後、どのような業種の企業が後に続くのか、注意深くみていく必要があります。

 米中関係と中国経済の今後はもちろん、世界各国の投資家が中国経済や企業の成長によってもたらされるうま味をどう捉えていくか、という意味でも注目に値すると思います。