現在のマーケットには欧州債務危機が大きく影を落としている。イタリアの10年国債金利が7%を超えてから、堰を切ったように欧州の債券市場は崩壊の度を強めている。

ギリシャのデフォルト(債務不履行)が認定されずCDS(倒産保険)市場が意味をなさなくなったのは、欧州の国債CDSの最大の売り手(倒産保険を払う)であるドイツの銀行を守るためだ。その結果、ヘッジができなくなった投資家の国債売りが加速した。

直近の相場は南欧諸国の国債を売って損失を出した投資家が、その損を埋めるためにオランダとフィンランドの国債を売っており、欧州国債全部売りのマーケットとなっている。ギリシャの問題から始まった欧州債務危機は既に2年が過ぎ3年目を迎えようとしているが、イタリア、スペイン、オランダ、オーストリア、フランスに波及したことで正念場を迎えたようだ。

欧州主要国の10年国債金利(日足)

イタリア、スペイン、オランダ、オーストリア、フランスにまで危機が及んでいる


(出所:石原順)

欧州債務危機問題は、世界経済を緊縮財政路線(借金減らし)へ向かわせている。世界の銀行の自国外の融資金額は約32兆ドルであるが、その6割は欧州系の銀行である。財政出動が行われず、銀行もカネを貸さない世の中になっているので、景気がよくなるわけがない。

米国では「スクリューフレーション」で中間層が没落した結果、米国民が分裂し政治的軋轢が発生している。民主主義的な国家運営を資本主義でやっていこうとすれば、中間層を厚くすることが至上命題である。「ティーパーティー」と「ウォール街を占拠せよ運動」の主張は逆であるが、中間層が没落した不満や不安の表れという意味では同根である。11月23日までに1兆2,000億ドル以上の赤字削減を決められない場合、年内に格付機関のいずれかが「米国債の格下げ」に踏み切る可能性がある。二大政党の対立が激しく米国の議会は機能していないので、残る景気浮揚手段はFRBの金融政策ということになる。

にっちもさっちもいかない世の中となっている現状で、ここからの相場は政治的な「協調行動」や「中央銀行の政策如何」で決まってくるだろう。欧州の国債危機問題は既にECBの手に負えないレベルまで拡大しているが、市場の混乱が深まれば否応なくECBが介入せざるを得ない。リーマン危機以降の株やドルの相場は、一言で言うとFRBの政策次第という動きになっている。株やクロス円が上がるかどうかは、基本的に世界の中央銀行であるFRBが握っているのである。下のグラフを観ればわかるように、お金は単純なロジックでしか動かないので、素直にFRBの政策について行けばよい。

NYダウ(週足)と米国の量的緩和政策 株はFRBの政策次第?


(出所:石原順)

欧州は債務危機でドロ沼化し、危機が世界規模で波及している。米国の雇用や住宅市況も回復がままならない上に財政出動もできない。したがって、何らかの政策が打たれるのは時間の問題だと思われる。筆者が「QE3は実施されるだろう」という見通しを語っているので、「QE3はいつ行われるのですか?」という質問が多い。

FRBにとって、QE3が必要となる条件は次の2つだ。

  1. NYダウが大幅に下がること
  2. 実体経済が一段と悪化すること

現在、米国の経済指標は小康状態を保っており、NYダウの株価の位置も高い。したがって、欧州危機の炎上に備えてQE3は温存されている。しかし、欧州の国債危機は金融機関の危機へと発展しており、今後の相場展開は予断を許さなくなっている。米サンフランシスコ地区連銀は11月14日、「欧州債務危機を背景に米国がリセッション(景気後退)に陥る確率が高まっており、2012年初頭までに景気後退となる確率は50%以上ある」とのリポートを発表した。

「QE3があるだろう」と思っているのは、筆者だけではない。少し前の調査では、米国のプライマリーディーラー19社中16社が「2012年中に追加の金融緩和が行われる」と予測している。欧州債務危機が激化したことで、市場関係者の多くがQE3はあるという見方を取っている。

問題はQE3の時期である。QE2終了後の調査では、米大統領選を控えて「2012年の秋頃まで」に実施されるという見方が50%となっていた。また、ツイスト・オペが期限切れになる「2012年6月」がQE3の発動時期になるという見方も多かった。しかし、欧州危機の世界的な連鎖で、「それまで相場が持つのか」「そんな悠長な相場ではない」との声が多くなっている。

QE3に関してはFRB内部でも賛否両論あり、バーナンキFRB議長は、雇用改善のためにあらゆる措置を講じる必要があると主張しているものの、FRB内の意見集約が難しいのが現状である。だが、今年の12月FOMCを最後にタカ派(追加の緩和に反対)のプロッサー、フィッシャー、コチャラコタ、ハト派(追加の緩和に賛成)のエバンズの4人がFRBのメンバーから抜ける。

FRBの来年の輪番制の投票メンバーは

  • Cleveland ピアナルト(ハト派)
  • Richmond ラッカー(タカ派)
  • Atlanta ロックハート(ハト派)
  • San Francisco ウィリアムズ(ハト派)

となっており、QE3に反対のタカ派はラッカーリッチモンド連銀総裁のラッカーだけである。FRBは2012年1月以降、追加緩和を実施しやすい状況となる。深刻化するいっぽうの欧州債務危機にあって、世界的な株安が起こればFRBはQE3に動くだろう。欧州危機の行方と米株価の動向次第だが、来年の1月か3月のFOMC(2月はFOMCがない)で、QE3が発動される確率は高まっている。

米国は民主党と共和党の対立で、財政・金融政策が手詰まり状態にある。いずれにせよ、QE3への期待は高いが、実施されるとしたらQE3はどのような内容になるのであろうか?
QE3は間違いなく「住宅PKO政策」となるだろう。

FRBのメンバーの発言は「住宅ローン市場での買い入れを含む追加的な資産買い入れが果たせる役割はある」「モーゲージ担保証券(MBS)の買い入れは、住宅ローン市場のさらなる改善に寄与すると思う。そのためこの可能性に対して多大な関心を持っている」(エバンズ)、「景気の低迷とインフレ率の低下が続けば、MBSの買い入れを支持する」(ウィリアムズ)と、住宅市場のテコ入れが焦点となっており、タルーロやダドリーも同様の発言をしている。

ノーベル経済学賞学者であるクルーグマンは「QE2は規模が小さすぎて成功しなかった。QE3は大規模に実施すべきである」と述べたが、FRB元金融副部長ジョセフ・ギャニオンが提唱するQE3案は強烈だ。

  1. FRBが2兆ドルの住宅ローン証券を購入
    (株高・金利安・ドル安・雇用増加を狙う。これによりGDPを2%押し上げ、2年後には最大400万人の雇用創出が可能)
  2. 30年住宅ローンを3.0~3.5%に固定
    (家計の負債を年平均2,500ドル圧縮。借り換え可能な世帯は300万世帯。ローン金利の低下で住宅取引が活発化)

というのが、大まかな内容である。

QE1は1兆7,500億ドル、QE2は6,000億ドルの規模であった。したがって、現実的に考えると、ここまで巨額のQE3が行われるとは思えない。しかし、小出しではなくこの規模の「バズーカ砲」をFRBが打たないことには、中間層の没落(貧困化)は止まらないのかも知れない。