QE1(量的緩和第1弾)の後は盛んに「出口戦略」が囃されてQE2(量的緩和第2弾)など誰も考えていなかったが、時間を置かずにQE2は実施された。そして、今年は「インフレ批判が強いからQE3(量的緩和第3弾)はない」という観測が多かったが、QE3は恐らく実施されるだろう。それはリーマン危機後のバランスシート調整に時間がかかることもあるが、世間が思っている以上にバーナンキFRB議長がインフレを軽視しているからだ。

バーナンキFRB議長の「頭の中」を知るには、2000年にバーナンキ議長が述べた「日本への提言」がヒントを与えてくれる。リーマン危機以降、バーナンキ議長はこの「提言」を忠実に実践しているだけである。日本がゼロ金利と<流動性の罠>に陥り「失われた10年」の渦中にあった2000年当時、プリンストン大学経済学部のバーナンキ教授は「日本のとるべき政策」について、以下の4つを提言した。

  1. 長期国債の買い入れ(金利を下げることで民間の借り入れコストを下げる)
  2. 短期の金利をゼロ近傍にとどめる期間を延長すると公言し、長期金利をさらに下げる
  3. 日本銀行が穏やかなインフレを追求していると公言すること、即ち「数年にわたりインフレ率を 3-4%の範囲におさめる目標を設定すること」(借り入れの促進・貯蓄から投資)
  4. 「円の実質的な下落を達成する試み」(円の価値を下げる)

欧米経済の「日本化(Japanization)」が懸念される現在、バーナンキFRB議長はこの提言に近いことを米国経済の処方箋として考えているに違いない。このなかでまだ実施されていないのは(3)のインフレターゲットだけである。これは経済がにっちもさっちも行かなくなった場合の(借金軽減という)劇薬であり、最後に残された奥の手だ。QE3は奥の手ではない。だから、QE3のカードは切られるだろう。

日本(上段)と米国(下段)の10年国債金利 1990年~2011年

10年国債金利3%以下は経済の死?


(出所:石原順)

インフレターゲット政策については、「そんなことをやるわけがない」との声も多い。しかし、オバマ政権の経済顧問でハーバード大学教授のケネス・ロゴフは「巨額のレバレッジ(債務)を解消しなければいけないバブル収縮期に必要なことは、“意図的にインフレを起こし、債務の価値を減らす”ことだ。6%程度のインフレが2~3年続くのが望ましい」とリーマンショック後に発言している。また、以前よりニューヨーク連銀のダドリー総裁とシカゴ地区連銀のエバンズ総裁は、「高いインフレ率を目指すことにより、現在の低インフレの状況を補うことが可能かどうかをFRBは検討すべき」であると、(意図的にインフレを起こすという)インフレターゲット導入を奨めている。

シカゴ地区連銀のエバンズ総裁は8月30日にWSJ紙のインタビューに応じ、「弱い米国経済をてこ入れするためにFRBは“さらにたくさん”緩和する必要があり、失業率がさらに一段と低下するか、インフレがFRBの長期的目標である2%を大幅に超えるかしないかぎり、利上げしないことをさらに明らかにする必要がある」「現在9.1%の失業率は、FRBの目標とはまったく矛盾している。緩和水準をもっとたくさん高める必要がある」と語った。

また同日のCNBC(TV)では「一般大衆は景気が少しでも良くなると必ずFRBが利上げすると拙速に考えがちだが、こうした考えは景気回復を損なう」失業率が7%ないし7.5%に下がるか、インフレが中期的に3%に上昇する恐れが生じないかぎり、FRBが利上げすべきとは考えていない」と述べた。このエバンズ発言は投機筋を喜ばせた。これで、一部のファンドは「イケイケモード」に入っている。すくなくとも、9月20日までは「QE3期待相場」で強気に攻める方針らしい。

米国の失業率 エバンズ総裁の言う失業率7.5%以下は遠い?


(出所:石原順)

8月9日のFOMCの決定に反対票を投じたコチャラコタ・ミネアポリス連銀総裁は、8月30日に「FRBの2年間の低金利維持に向けた条件付き確約を再検討する理由はない」と表明した。今回の発言は反対姿勢を撤回したことを示唆している(コチャラコタはQE2の時と同じパターンで寝返っている)。

このようにQE3への舵は既に切られていると思われる。FOMCの日程と経済指標の日程を眺めながら、「どのタイミングでなんのリスク」を取るかの検討をファンド勢は始めている。「不安なのは民主党と共和党の足の引っ張り合いだけだ」という強気の声も聞かれる。ただし、現実にQE3が示唆されるまでは(9月なのか11月なのかわからないが)、経済指標の数字をめぐってまだまだQE3の有無が取りざたされそうだ。今週もこのあとISMと雇用統計という重要指標を控えているが、QE3決定までは指標にも振り回されるだろう。

ジャクソンホール講演でQE3期待が高まったことにより、金融市場はリスク回避の動きが一服し、典型的な調整相場(売られすぎの反動相場)になっている。しばらくは戻し気味のレンジ相場が展開されそうだ。ミニ金融危機となっていたバンカメ株の下落も、著名投資家のバフェット氏がバンカメに50億ドルを投資することで、一旦落ち着きを取り戻している。8月25日に発表されたバフェットのバンカメへの投資とQE3期待によって、欧米の金融株は大きく戻している。

NYダウ(日足) 標準偏差ボラティリティのピークアウトでリスク回避相場は一旦終了

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド0.6σ


(出所:石原順)

バンクオブアメリカ(日足) バフェットの投資は効いた?

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド0.6σ


(出所:石原順)

上記に述べたQE3期待によって、NYダウと連関性の高い豪ドル/円相場もしっかりの展開となっている。既に13~21日の移動平均バンドを超えてきており、この先の焦点は+2σ水準まで戻せるかどうかとなっている。ドル/円も現在、典型的な調整相場となっているが、こちらは既にいいところまで調整が進んできており、9月相場では円安・円高のどちらかに大きく離れる可能性もある。ドル/円の下値は75~73円レベルが固く、上値は79円~81円レベルが相当重い。

結局、QE3期待によってリスク・オンとなっている相場であるが、その時期がいつになるのかは、やはり経済指標が決めていくだろう。その意味で、今週の雇用統計の結果は重要だ。

豪ドル/円(日足) 20日ATRは低下基調に

上段:21日ボリンジャーバンド
下段:20日ATR(青)


(出所:石原順)

豪ドル/円(日足) ボリンジャーバンドの逆バリシステムとシグナル

久しぶりに+2σまで戻るのか?


(出所:石原順)

ドル/円(日足) 標準偏差ボラティリティ(上段)がピ-クアウトしてレンジ相場に

上段:26日標準偏差ボラティリティ(青)
中段:21日ボリンジャーバンド
下段:20日ATR(青)


(出所:石原順)

ドル/円(月足) 20カ月ボリンジャーバンド


(出所:石原順)

ドル/円(週足) 一目均衡表の<雲>


(出所:石原順)

ドル/円(日足) 200日移動平均線(赤)と±10%乖離(緑)


(出所:石原順)

NYダウ(週足) 株の上下はFRBの政策次第である


(出所:石原順)