相場実践で重要なのはファンダメンタルズではなく、マーケットテーマ(市場が現在なにを焦点としているのか)である。先週のレポートに書いたように、資産と負債の両方を膨らませる<ネズミ講>的な政策を世界各国がおこなっているので、通貨の世界ではどこが一番ジャブジャブかが焦点となっている。現在のマーケットテーマは「8月10日から量的緩和政策を再開した米国の追加量的緩和策」であり、ユーロ圏でいくら悪材料が出ようと「悪材料出尽くし」ということになってしまう。

ファンダメンタルズ分析を基に運用をおこなうグローバルマクロのファンドマネージャー連中が、「スペインやアイルランドの状況はひどい。君はよくユーロなど買っていられるな。だいたい、相場の位置が高すぎる。恐くて買えないよ」と口を揃えて筆者に警告してくれる今日この頃である。彼らはいわゆる常識人であり、その言わんとすることは筆者も承知している。年前半相場ではユーロ崩壊などといって1.18まで売ったユーロ/ドルは1.37に近いところまで上昇している。現在のユーロ高は心理的には非常に買いにくい相場なのである。

悪材料が山ほどあるユーロを買えるのは、「高値を買ってさらに高値を売る」というトレンドフォロー(順張り)の手法を採用しているトレーダーだけだが、順張りを実行するのは難しい。

ユーロ/ドルの日足とMACDのチャートを見てみよう。悪材料の多いユーロは買いたくないという心理に加えて、トレンドが出る前にダマシのシグナルが多く出ていて、肝心のトレンド相場ではポジションを取っていない人が多いのである。

ユーロ/ドル(日足) MACDと売買シグナル


(出所:石原順)

次のチャートはワイルダーの考案したDMI・RSIとローソク足であるが、教科書通りに「ADXが25以上でトレンド発生」とするトレードを行うと何回も痛い目にあうので、ほとんどの人がトレードを継続できない。チャート上段のTrade Zoneもまったくチンプンカンプンなシグナルを発している。

ユーロ/ドル(日足)

上段:DMI(ディレクショナル・ムーブメント・インデックス)
中段:RSI


(出所:石原順)

トレンドフォロー(順張り)というのは相場の王道で、理にかなった最強の取引手法なのであるが、知性が邪魔をするのでほとんどの人が継続できないのである。読者も「筆者のように頭の悪いタイプでない限り、アホになって相場に付いていくことは困難だ」と思われるであろう。しかし、頭の悪い筆者もトレンドフォローという売買手法ではさんざん頭を悩ませてきたのである。この問題を解決したのは「1σの外だけでトレードする」というルールである。

ボリンジャーバンド1σ抜けでトレードを行う前は、ボリンジャーバンド1σの代わりに移動平均線を使っていたことがあった。しかし、相場の<平均=真ん中>でポジションをとる移動平均線を使った売買手法はダマシが多く、取引1回当たりの損失も大きくなる。1σ抜けでポジションを取り、1σの内側に相場が入ったら手仕舞うという手法は、あらかじめ損に対する臆病さが取引に組み込まれているのだ。この手法でやっている限り、筆者は「買われすぎ」「売られすぎ」という恐怖を感じることはない。相場が1σ(べつに0.8σでも0.7σでも構わないが……)の中に入れば相場を止めればいいだけだ。移動平均線ではなく、移動平均線からのレンジ抜け(これを相場の世界では「ボラティリティ・ブレイクアウト」と呼んでいる)というという手法に切り替えたことで、損に対する恐怖は相当軽減された。

この楽天証券の連載で「標準偏差ボラティリティ」や「ADX」を使ったトレンドフォローの売買手法を公開して以来、多くのコピーキャット(物まね猫)商売が出現していると聞く。楽天証券の読者に注意したいのは、「重要なことは1σのラインで仕切る」ということである。筆者の経験から言うと、少ないリスクで大きなトレンドを狙える「1σのライン」がなければトレンドフォローを続けていくのは難しいと思われる。

さて、最近のレポートやブログで取り上げてきた「ユーロ/ドル」や「豪ドル/ドル」は現在も上昇を続けており、堅調な相場展開となっている。

ユーロ/ドル(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

豪ドル/ドル(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

一方、クロス/円相場の代表的な銘柄である豪ドル/円は、昨日NY終値で相場が21日ボリンジャーバンド1σの内側に入ったため、筆者はポジションを手仕舞った。大局、ドル安相場なので、トレンドが出やすいのはドルストレートの通貨ペアであり、クロス円相場は方向性が出にくい。

豪ドル/円(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)

現在、通貨の運用者は皆が金利差に注目しているが、金融緩和競争というマーケットテーマからいえば整合的である。おかしな情報に振り回されるよりは、金利差だけ見ているほうが賢明であろう。

欧・米10年国債金利差(黄)とユーロ/ドル相場(赤)


(出所:石原順)

米・日10年国債金利差(黄)とドル/円相場(赤)


(出所:石原順)

9月は米国株が上昇し、月間ベースではSP500とナスダックが2009年4月以来の好パフォーマンスとなった。9月の米株価上昇の背景はPOMOと呼ばれる公開市場操作(Permanent Open Market Operations)にある。

SP500株価指数日足(左)と月足(右)


(出所:石原順)

POMOは8月の半ばから盛んに行われており、NY連銀がドルを刷って、投資銀行の持っている米国債や不動産担保債券をそのドルで買い、投資銀行はその金で米国株を買うという売買を行っているようだ。通貨は通貨安競争、決算・指標の数字は粉飾、株価は当局のPKO(下落防止)と、ますます規律がなくなっていく金融市場だが、当然、市場の信任は落ちていく。デフレ下のゴールドの上昇が、それを物語っているのではないだろうか?

ゴールド先物(日足)

上段:14日ADX(赤)・26日標準偏差ボラティリティ(青)
下段:21日ボリンジャーバンド1σ(緑)


(出所:石原順)