11月3日、英国政府は、すでに国有化されているRBSとロイズへ追加の資本注入を行った。11月10日には、格付け会社フィッチ・レーティングスは、「AAA格付けを有する国の中で英国のソブリン格付けが最も大きな格下げリスクにさらされている」と発表している。また、英中央銀行のキング総裁は、11月11日の会見で、「ポンド下落が経済活動の回復につながるはずだ」と発言している。

英国の低金利・量的緩和・積極財政というポリシーミックスの帰結は通貨安であり、今週のような通貨安材料が出ればポンドがもう少し売られてもよさそうなものだが、たいして変動していない。現在の市場はボラティリティ(相場の変動率)が不足しており、金融バブル相場の進展でリスク過小評価の凪(なぎ)相場が展開されている。

ポンド相場の動きが示唆しているように、現在の市場では、市場参加者の信用リスクに対する鈍感さが顕著となっている。低金利・量的緩和・積極財政という各国政府・中央銀行のバブル政策が、市場を麻痺させてしまっているのである。景気の2番底や金融危機の再燃、あるいは商業不動産市場の大崩壊予測がメディアを賑わしているが、過剰・余剰資金がジャブジャブの金融市場では、とりあえずいけるところまでバブルに乗っていこうという投資家の姿勢が明確である。

以下のチャートは、英国政府が追加の資本注入を行った、ロイズとRBSの劣後債の利回りの推移である。

ロイズ・バンキング・グループのドル建て劣後債(2009年1月~11月)


(出所:ブルームバーグ)

RBSのドル建て劣後債(2009年1月~11月)


(出所:ブルームバーグ)

〔劣後債:償還や発行体の解散または破綻時に他の債務への弁済をした後の余剰資産により弁済される債券。デフォルト時の元利金の支払い順位が一般債務よりも低くなっており、普通社債よりも利率は高い〕

ロイズの利回りは今年の1月の43%から直近では12%まで低下している。RBSも1月の43%から直近では12%まで利回りが低下している。(利回り低下=債券上昇)ロイズやRBSだけではない。今年の欧州のジャンク債市場のリターンは今年67%に達している。ジャンク債バブルは、カネ余りとリスク選好を象徴する現象と言えよう。

ドル(3ヶ月物)ロンドン銀行間取引金利


(出所:ブルームバーグ)

また、信用リスクのバロメーターといわれるロンドン銀行間取引金利(LIBOR)3カ月物のドル金利も底這いを継続しており、信用リスクは上昇していない。時価会計の凍結と中央銀行バブルによって現在の市場は歪んでおり、常識の通用しない市場になっているのである。

高値恐怖症とバブル環境の板挟みでボラティリティの失われた市場環境では、ファンドマネーがオプション市場に資金を移動させており、誰もが“相場がレンジに入っていれば儲かるポジション”を構築している。昨今の<動かない日経225インデックス>は、変動率を売るオプション売りの取引者のためにあるようなものだ。動かない日本株市場に業を煮やした取引者は、日経225インデックス先物取引から外為市場に軸を移している。「まだ、外為市場のほうが動く」ということらしい。株式・外為・商品の市場を問わず現在の金融市場は、世界規模で“相場をレンジに押し込めよう“とする投機筋の防戦の売り買いが多く見られる。

いずれ、実体経済悪と市場のバブルのつじつまを合わせる局面が到来するであろう。しかし、現在の市場ではバブル効果が働いているため、悪材料の表面化はゆっくりとしか進まない。ドル安も同じである。米国はドル安(容認)政策をとっているが、ドル基軸通貨体制にある現在、急速なドル崩壊は世界経済を混乱に陥れる。ドルの崩壊を歓迎する国はないのである。来日したガイトナー長官と会談した藤井財務相は「足元のドル安については米国の問題。円高やユーロ高はドル安からきている。ドル安は米国の経済政策だ」「ガイトナー長官からドル安を懸念する発言もなかった」と発言しているが、市場はほとんど反応していない。バブル相場の中ではドル安も穏やかにしか進まないのである。

このような状況の中で、最も得をしているのは中国である。中国は自国の通貨相場を米ドルと連動させるペッグ制(固定相場制)をとっているので、人民元はドルと一緒に下落している。

2009年1月を100としたドルインデックス(黄)とドル/人民元(赤)の推移

ドルインデックスと人民元
(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドルと連動する人民元のおかげで、中国は輸出競争力で強力なアドバンテージを持っている。ペッグ制の国は米国の低金利が長期化すると、金利水準が経済成長率に比べて低くなり、自ずとバブルが発生するのである。今年の中国や香港の不動産バブルは起こるべくして起きている。加えて言えば、ドルと人民元のペッグ制が続く限り、ドルの大暴落も起こりにくいといえるだろう。

11月11日、世界銀行のゼーリック総裁は「世界的な失業率の上昇で消費者の債務返済が一段と困難になるため、世界各国・地域の金融機関は新たなリスクに直面している」「景気回復ペースは緩慢なものとなる公算が大きいが、世界の経済と金融市場は回復しつつある。ただ、その回復は世界で均衡の取れたものとはならない」と発言している。「世界で均衡の取れたものとはならない」という言葉の意味は、潜在成長率の低い先進国経済はダメだということだ。

G20の時代、マネーの世界はいまや規制が取り払われ、グローバル化が急速に進んでいる。ヒト・モノ・カネのうち、カネは最もフットワークが軽い。そして、お金は単純なロジックでしか動かない。潜在成長率の低い日本の日経平均株価がよほど暴落しない限りは(割安感が出ない限りは)、投資家は金利や期待収益が大きいブラジルや中国の金融商品を買うことを選好するのである。

外為市場もなんだかんだで、金利相場が続いている。金利というのは経済成長の配当のようなものであり、配当のない国の通貨は買われない。金利見通しから言えば、日本は2010年も唯一金利の上がらない国といわれている。米国の量的緩和と低金利が続くうちは、豪ドル/円か豪ドル/ドルの押し目を買っておくのが正解なのだろう。

豪ドル/円(日足) 平均足 緑=買い 黄=売り


(出所:楽天証券 マーケットスピードVer8.2)

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2009年11月12日まで)

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間は円の売り放置やキャリー取引はリスクが高くなる。

豪ドル/円(左)とユーロ/円(右)の20日ATR


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円(左)とドル/円(右)の20日ATR


(出所:石原順、ブルームバーグ)