米国の景気が減速し米国金利が低下していくサイクルに入ると、世界の金余り資産の運用は多様化される。つまり地理的な投資範囲の拡大や金融テクノロジーを駆使した商品への投資など、ポートフォリオの拡大・分散化が一段と進展する。その結果として流動性のない市場が買われ、流動性のある市場は売られる。昨年から起こったサブプライムローン問題も、(ファンドによるポジション構築で市場経済実態を反映しないオイル需要が強まったことで)世界的な規模での所得の偏在が起こったがことが背景にある。原油、CRB指数、ユーロ、豪ドル等の高値更新相場、すなわち昨今の<ドル売り・インフレ買い>とはそういう現象である。

REUTERS/JEFFERIES CRB指数(商品先物指数)と原油先物価格の推移


(出所:石原順、ブルームバーグ)

政治的にも世界が多極化に動いているなか、ドル金利が下がると世界規模で運用の不確実性は増幅されるのである。SWF(政府系ファンド)、中東産油国マネー、チャイナマネー、ロシアマネーなど、いまや相場の主役は所得の偏在組である。

この不確実性の高まりによるリスクを回避する方法のひとつは、取引タームの短期化であろう。価格変動リスクは当然として、流動性リスクやカントリーリスクなど世の中には目に見えないリスクがたくさんある。これらのリスクを回避するにはデイトレードに代表されるタイムフレームの短期化が有効となろう。 1995年以降運用の世界で最も安定したパフォーマンスをあげているのは短期取引のトレーダーである。宵越しのポジションを持たないという短期集中投資の売買手法は単純でリスク管理がしやすい。ただし、デイトレードやスキャルピングといった短期取引は基本的に一日中相場に張り付いている専業トレーダーの独壇場である。時間的な制約の関係から一般投資家の誰もができることではないだろう。 それでは宵越しのポジションをもつ中長期タームの投資家は米国金利が低下していくサイクルのなかで何をすれば良いのであろうか?

米国金利が低下していくサイクルのなかで期待収益を減らすことなくリスクを抑えるには、為替市場では複数の通貨ペアに分散投資するしかない。当たり前の事であるが、高い投資収益を上げるには投資のタイミングが最も重要となる。しかし、相場を正確に予測することはこの世の誰ひとりとして出来ないのである。相場を正確に予想できない以上、それを補うのは金利収益と分散投資である。分散投資とは相関係数が低い通貨の組みあわせによりリスクを小さくすることである。  通貨投資において元本リスクを考えた場合、最も安全なポートフォリオは、ドルとユーロの2つのハードカレンシーを50:50で組み入れることであろう。あるいは第5回の「生きのびるためのデザイン」で述べたように高金利通貨買い/円売りを長期計画で行っていくことである。スワップ狙い、金利取りといった投資手法は為替変動リスクをもろにかぶることになる。この為替変動リスクを回避するには5年~7年といった長期的な時間枠での運用余力(レバレッジを低めに抑える)が必要となる。

いずれにせよ、金融市場の不確実性が増すなか、今後の通貨投資には「取引タームの短期化」か「ポートフォリオ(銘柄分散)」という視点が必要となってくるだろう。

さて、今週の為替市場は週初こそドル高方向の動きのなかにあったが、バーナンキFRB議長やコーンFRB副議長の米国の景気後退・金利低下を示唆する発言をきっかけに水曜日からドルが急落する波乱の展開となった。特に2月28日の米国市場ではバーナンキFRB議長の「ドル安は赤字縮小に望ましい」「利下げの継続によって危機を乗り越えられる」「原油のユーロ建て表示は問題ではない」といった議会証言でのドル安容認発言からドル売り一色となっている。

これまで半期に一度の議会証言は米債市場や為替市場の雌雄を決するポイントとなってきたが、「インフレより成長下方リスクが大きい」というバーナンキ FRB議長の発言によって市場は金利低下観測に傾いている。2006年の11月からドル/円相場は米国の2年超の国債金利の動きとほぼ一致している。この米国の金利との相関性の高さがマーケットに強いバイアスを与えているため、現在の米国金利低下観測はすぐにドル売りに結びついてしまう。

米国10年国債金利とドル/円相場の推移(月足)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

筆者は前回の連載で述べたようにドル/円とユーロ/ドルの逆張りを試したが、ストップロス注文がヒットし、あえなく敗退となった。みなさん、ごめんなさい。しかし、今後もこれに懲りず、例えばドル/円の105円、104円、103円、101円、100円といったポイントでは逆張りの機会を窺いたい。筆者がこのような売買を行う理由は、相場の天井や底といった波動転換点を当てる売買手法の期待収益が大きいためである。(この売買手法は逆張りのため、あらかじめストップロス注文を置いておく必要がある)一方で、筆者は相場予測を放棄し相場の動きについていくというトレンドフォローのシステマティックな売買を行っている。これまで紹介してきた「20ヵ月移動平均線」や「こま足」がそれにあたるが、取引手法の分散はうまく組み合わせればパフォーマンスの向上や安定化に寄与するだろう。

生身の人間が順張りと逆張りを同時におこなうのは精神的につらいことである。しかし、最近はブローカー(注文先)に自動発注というシステムが整備されてきており、取引システムを使った売買手法を執行する精神的な苦痛は10年前とは比べものにならないほど緩和されている。