留保利益の力

 1924年に無名のエコノミスト及びフィナンシャル・アドバイザーであったエドガー・ローレンス・スミスは「Common Stocks as Long Term Investments(長期投資としての普通株式)」、という投資の世界を変えた薄い本を執筆しました。実際には、この本の執筆は彼自身の投資哲学の再精査を強いることになり、彼自身をも変えたのです。

 彼は本の出だしで、インフレ期では株式は債券より良いパフォーマンスを計上し、デフレ期では債券の方が良いパフォーマンスを計上することを主張する予定でした。これは妥当な話に聞こえます。しかし、スミスはショッキングな出だしを書くことにしました。

 彼の本は以下の告白から始まりました。「これらの研究は失敗の記録である。定説を支持することができなかったのだ」と。投資家にとって幸運だったのは、この失敗がスミスに株式がどのように評価されるべきか、より深い考察をさせることになったことです。

 スミスの洞察の核心を説明するために、彼の本の初期書評家(ほかならぬジョン・メイナード・ケインズ)の評を引用します。「恐らくスミス氏の最も重要で、そして確実に斬新であろう主張について、私は最後まで残しておいた。一般的に、よく管理された事業法人は、稼いだ利益の全部を株主に分配しない。毎年ではないが利益が多い年には、彼等は利益の一部を留保し事業に再投資する。従って、そこには複利の要素があり、それは堅実な事業投資に有利に働いている。株主へ外部流出した配当金とは大きく異なり、堅実な事業会社の有形固定資産の実際の価値は、何年にもわたり、複利で増加していることになる。

 ケインズにより振りかけられた聖水によって、スミスはもう無名ではなくなったのです。

 スミスの本が出版される以前、留保利益が投資家によって評価されていなかったことは理解し難いものです。なぜなら、これがカーネギー、ロックフェラー、フォードらの巨人達が、気が遠くなるような富を蓄えられた秘密だった訳ですから。彼等は全員、事業利益の大きな割合を留保し、それを事業拡大に投資することで、さらに大きな利益を生み出しました。米国には同じ方法論により、お金持ちになった小規模な資本家が昔から存在していました。

 それにも関わらず、「株式」という形で事業の所有権が細分化された時、スミス登場前の投資家は大抵株式を相場変動に基づいた短期的なギャンブルと考えていました。よくても株式は投機と認識されていました。紳士は債券を好んだのです。

 投資家は利口になるのが遅かったものの、利益の留保と再投資の算数について、今はよく理解されています。当時ケインズが「斬新」とした考え方は、現在では学校の子供達が学ぶ内容(「貯蓄と複利の組み合わせは驚くほどの効果を生む」)です。

 当社においては、チャーリーと私は、長らく留保利益を有効活用することに注力してきました。これは、時には楽な仕事でしたが、時には困難でした(特により大きな、そして増加を続ける資金を扱い始めてから)。

 留保利益の資金配分において最初に考えるのは、既に保有している多種多様な事業への投資です。過去10年間、当社の減価償却費は合計650億ドルでしたが、当社内部の有形固定資産投資額は合計1,210億ドルに達しました。生産性のある営業資産への再投資は、永遠に我々の最優先事項であり続けます。

 また、我々は三つの要件を満たす新しい事業買収機会を常に探しています。これは第一に、営業上必要となるネット有形資本に対する良いリターンが必ず得られること。第二に、有能で正直なマネージャーにより運営されていること。最後に、妥当な価格で取引されていること、になります。

 そのような新しい事業買収機会を見つけた時、我々の希望はその事業の100%を買うことです。しかし、我々が求める要件を満たす大きな買収機会は稀です。多くの場合、気まぐれな株式市場が我々の水準を満たす、大きいが支配権のない上場会社への持分取得機会を提供してくれます。

 支配権が得られる企業買収、株式市場を通じた大きな持分取得、どちらの選択をしても当社の財務的実績は、投資した事業の将来利益によりだいたい決まります。そうは言っても、この二つの投資アプローチには貴方の理解が不可欠な、とても重要な会計的違いがあります。

 支配権を得た会社(当社が50%以上の株式持分を保有している会社と定義)については、各社の利益は、我々が貴方に報告する営業利益に直接流れて来ています。貴方が見ているものは、貴方が得られるものです。

 当社が有価証券として保有している支配権を得ていない会社については、当社が受け取る配当金のみが報告する営業利益に含まれています。では、有価証券として保有している企業の留保利益はどうか? その留保利益は一生懸命働き多くの付加価値を創出していますが、当社が報告する利益に直接反映される形にはなっていません。

 投資家は、当社以外のほとんどの大手企業のケースでは、我々が言う「収益の無認識」を重要と思わないでしょう。しかし、当社のケースでは規模的にも著しい省略になるのです。以下で説明します。

 ここでは当社保有の上場株式の内、金額が最も大きい10社を掲載します。この表ではGAAP基準に基づいて貴方に報告している利益(当社が各社から受領している配当金額)と、各社が活用している留保利益の当社持分を比較しています。通常、各社は事業拡大と効率性向上のために留保利益を活用します。あるいは時に、彼等は留保利益を用いて、とても大きな自社株買いをします。これは会社の将来利益の当社持分を増加させる行動であります。

(1)    配当:現時点の年率に基づき計算
(2)    留保利益:2019年の純利益から普通配当金及び優先配当金を控除

 当たり前ですが、これら企業を部分的に所有することにより、当社がいずれ計上する実現利益は、留保利益の「当社」持分と全く一致しません。悲しいかな、個社で見ると、留保利益は何も生み出さない時もあります。しかし、論理と我々の経験則によれば、我々のものである企業の留保利益と少なくとも同額(恐らくはそれ以上)のキャピタルゲインをグループ単位では実現できます。(ただし、株式を売却して利益を実現した場合、利益に対してその時の税率分、当社は法人税を支払うことになります。現在の連邦税率は21%です)。

 上記10社(及び数多くのその他株式投資先)から当社が得る果実が、規則性のない形で顕在化するのは間違いないでしょう。定期的に、会社は損失を出すでしょう(時には会社特有の理由、時には株式市場の混乱によって)。また、年によっては利益が非常に大きくなるでしょう(去年がそうでした)。それでも全体的に言えることは、投資先の留保利益は疑いなく当社価値増大に極めて重要なものになるということです。

 スミス氏は正しかったのです。

 次回は、鉄道事業をはじめとする非保険事業の業績結果についてお伝えします。バフェット氏が犯した失敗とは? 
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