米中は「ツキジデスの罠(わな)」を回避できるのか

 世界の投資家の目は、来週の大阪サミット(G20)に注がれそうです。特に市場が固唾をのんで見守るのが「米中首脳会談」の有無とその行方です。2017年初にトランプ政権が誕生以来、国際政治や市場で話題になってきた言葉に「ツキジデスの罠」があります。

 ツキジデスは紀元前5~4世紀に活躍したギリシャの歴史家で、「ペロポネソス戦争」の経緯を記録したことで有名です。当時、最強勢力を誇っていたスパルタを中心とする「ペロポネソス同盟」に対し、アテナイを中心とする「デロス同盟」が新興勢力として台頭。両陣営は「覇権争い」を巡る幾度もの衝突を経て、アテナイが降伏するまで約28年間戦争を続けました。以降、こうした覇権争いは現代まで16の事例で繰り返され、そのうち4例のみが戦争を回避できたとされます。

 換言すると、16例の覇権争いのうち12例が「ツキジデスの罠(わな)」にはまり戦争を回避できなかったということ。そして前近代の戦争と異なり、現代は大国同士が戦争となれば、その影響は破壊的な惨事となります。今回の覇権争いの当事者である米中首脳が、「過去こそ未来の鏡である」との歴史観を共有して何らかの合意に至れるか、もしくは互いと世界の経済的デメリットを受け入れてまで「覇権を争う長期冷戦」に向かうかが注目されます。

<図表2>米中貿易摩擦のシナリオ別相場見通し

シナリオ G20での米中交渉と行方
(概略)
シナリオ別の
相場見通し
メインシナリオ
米中が一定の合意に至る
G20での米中首脳会談を経て一定の暫定合意が発表される。貿易不均衡の改善案に合意した上で、構造改革(外国企業の技術移転強要や知的財産問題など)や安全保障を巡る問題は継続協議とする。中国側は、香港での市民弾圧を巡るトランプ政権による批判や介入を回避したい。 世界市場が一時懸念していた「米中決裂」を避けたことを市場は好材料とみなしそう。景況感の改善、米国株高、ドル高・円安、日本株高で応じやすい。
リスクシナリオ
対立が激化・ 長期化
米中首脳会談でも、構造改革の検証プロセスや安全保障を巡る溝を埋められず。トランプ政権の「米国第一主義」が続く。対中関税第4弾を発動へ。経済面での対立だけでなく、政治面での冷戦が長期化する。香港の市民弾圧に対する欧米の批判を受け、中国の反発姿勢も強まる。 米中の貿易摩擦と外交的対立が長期化することで、投資家心理は一段と冷え込む。米国株安、円高・ドル安、業績見通し下方修正で日本株安に繋がりやすい。
出所:楽天証券経済研究所作成(2019年6月20日)

 図表2は、G20以降の「米中貿易摩擦のシナリオ別相場見通し」をまとめたものです。
5月以降は、合意に難色を示す中国をトランプ大統領が厳しく追い詰めてきた印象です。

 中国は、トランプ大統領の「脅し」に屈する姿を見せると、国内で「弱腰」と批判されるリスクを怖れているとされ、首脳会談や合意を拒むと米大統領選挙が実施される来年まで貿易対立を引き延ばされる公算が大きくなります。「貿易戦争に勝者はいない」(中国)と主張しても、景気や雇用の悪化が顕在化しつつある中国がどちらかと言うと劣勢にあるように見えます。

 さらに、香港で「逃亡犯条例」を廃案に追い込もうとする先週来の大規模市民デモ(16日は200万人に膨れ上がったと報道された)は、習近平政権の「誤算」だったとされ、トランプ政権は「中国の民主化抑制」を公然と批判するカードを手に入れたとも言われます。ただ、トランプ大統領としては、リング際に追い込む姿勢から、一転して手を差し伸べてディールに持ち込むことこそが、「コストを加味したリターン」を最大化する大人(政治家)のディールとも考えらえます。

 図表2で示すとおり、G20以降の紆余曲折も経て、「貿易摩擦や政治対立が幾分緩和へ向かう」との方向感をメインシナリオ(=米国株高、円安、日本株回復)に据え置いています。逆に、トランプ大統領が「米国第一主義」にこだわり、リスクシナリオが顕在化するなら、「ツキジデスの罠」を回避できず(?)、投資家心理は一段と悪化すると見込まれますので警戒を要します。