今回は何が違うのか

 5月に入り、経済指標に陰りは出ていますが、インフレ指標の多くはまだ強振れ気味です。15日公表のCPI(消費者物価指数)がほんのわずか予想を下振れたとはいえ、その前には、PPI(生産者物価指数)、ミシガン大学消費者信頼感の1年後インフレ期待、ISM(米サプライマネジメント協会)サービス業の仕入れ価格指数、雇用コスト、GDPデフレーターなど関連指標は軒並み強かったのです。

 従って、FRBは、景気の陰りに配慮しつつも、インフレへの警戒を簡単には解けないのです。しかも、景気指標は5月ににわかに陰ったものの、中身を見ると、それほど悪いばかりではありません。

 第1四半期GDPの下振れをもたらした在庫投資減は、第2四半期の積み増しにつながるかもしれません。GDPにとってマイナス項目の輸入増も、米経済の内需の強さをうかがわせます。米雇用統計では、非農業雇用者数が前月比17.5万人増と、市場予想の24万人を下回ったとはいえ、巡行ペースよりはまだ堅調といえます。誤差ほどに高まった失業率3.9%も完全雇用の水準です。

 その中で、景気の陰りの確からしさを探っていく上で、今回着目しているのは個人消費の鈍化です。通常の景気サイクルでは、景気拡大局面の利上げ、景気悪化局面の利下げにダイナミックに反応して、景気の変化をシグナルするのは住宅投資や設備投資です(図2)。しかし、コロナ禍から最近に至って、両投資は先述の事情でしっかりです。

 住宅投資と設備投資が上下に大きく振れがちな一方、安定的なのは個人消費です。賃金の相対的な安定もあって、家計の消費行動は変化が小さいのです。このため景気悪化局面で、両投資が落ち込んでも、個人消費が底堅いから、景気は大丈夫などと安定化項目として扱われがちです。

 その個人消費が、小売売上データで見ると、この半年の前月比平均がほぼ0%にとどまっています。小売売上はインフレを含む名目データなので、インフレが高止まる状況下では実質マイナスです。クレジットカードの延滞率の高まりなど、消費の息切れをうかがわせる兆候もちらほら見えています。

 個人消費はGDPの7割以上を占めます。その鈍化が、GDPの9割近くを占めるサービス業の景況にも響きつつあるとすれば、さらなる影響の広がりが気になります。2020~2021年の超低金利の恩恵が残っていたとはいえ、借り換えや新規借り入れ時の高金利は、時間経過とともにじわじわ効果を発揮するでしょう。いよいよ下降サイクルか、今回もまたデータ次第の是々非々で観察していくのみです。

図2:GDPにおける個人消費と住宅・設備投資

出所:Bloomberg

投資家としての対応

 筆者は、5月の経済指標の陰りをもって、景気減速シナリオを強調することはまだできません。引き続き、時間の経過とともにデータ次第で是々非々の判断という、FRBと同じ目線です。現時点で、3カ月後の景気、インフレ、金利について、上か下か真ん中かと問われても、裏付けとなるデータが十分ではないのです。

 技術的には、客観性のある予測分析ツールとデータがあって初めて、この条件ならこうなるという予測を提示できる、それだけのことです。予言のような予測の技術は存在しません。

 しかし、相場の世界では、先行きが不透明な時にこそ、自分は「お見通し」とばかりにズバリ予想を語る人が出現します。情報の受け手も、分かりようがないことを「分かる」ように語る人が、「ここが分からない」ときちんと解説する人よりも好き、というのも相場の常です。ご留意ください。

 株式投資家にとっての幸いは、5月の指標鈍化で債券金利が軟化し、生成AIテーマの盟主エヌビディア社決算発表(22日)へ、相場が持ち直したことです(図3)。当面は前向きな心持ちで、データを精査することができるかと期待しています。

 景況・市況心理は短期間で揺らぐリスクが依然くすぶるでしょう。機動的に短期対応を行う投資アプローチも、生成AI・半導体テーマやS&P500種指数など指数のトレンド観を定めて、相場のアヤには鈍感力で臨む中長期投資アプローチも、それぞれ一理ありです。

 筆者は、コロナ禍の特殊事情があったとはいえ、2022年、2023年、それぞれの暮れに想定した景気、インフレ、金利の下降サイクルが、この高金利下ではいつ来るかという目線を維持し続けて、柔軟対応で相場に臨む構えです。3カ月後、6カ月後、いよいよ来るのかと期待を胸にフォローしてまいります。

図3:QQQ(ナスダック100)と米10年国債金利(逆表記)

出所:Bloomberg

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