「思考の格差拡大」は、度重なる「ショック」が要因

 SDGsや日本の大学入試改革の例を用い、世の中が2000年ごろから「複雑化」してきたことについて述べました。これらは世の中の仕組みが複雑化したことを示す例でした。

 人類が作り出した「市場」という機能は、世の中を構成する1つの要素です。このため、世の中の「複雑化」とともに、市場も「複雑化」してきたと考えられます。投資家を含む市場関係者においては、「複雑化」した市場と対峙(たいじ)するために、自らの思考を「複雑化」させる必要があるでしょう。

 もし、市場が複雑化していなければ(過去の常識で説明できる環境が継続していれば)、株価とコモディティ価格の推移は、あれほどまでに大きく乖離することはなかったでしょう。

 思考の複雑化について考える際、個人間の「思考の格差」が拡大傾向にあることに留意しなければなりません。以下は、災害が発生した時に起き得る、人々の思考の段階を示したものです。

 危機発生時、人は5段階のプロセスを経て乗り越える、という考え方です。無関心→混乱→不安→受容→再出発の5段階です。

 新型コロナウイルスがパンデミック(世界的な大流行)となり、日本で初めて緊急事態宣言が発令されたころ、著名な精神科医が、市民のメンタルヘルスを整えるための一つの考え方として、この5段階を提唱しました。

図:危機を乗り越える際の5段階のプロセス

出所:各種資料より筆者作成

 コロナ禍などの危機時、自分が5段階のどこにいるのかを認識することで、現状分析が進み、自分が置かれている状況を自分の言葉で説明できるようになり、精神安定を実現しやすくなると、この精神科医は述べています。

「言語化」は何事においても非常に重要なテーマですが、言語化を精神安定に用いることを体系化したものが、この5段階のプロセスだと言えます。

 今どの段階にいるのか、今いる段階に時間的にどの程度滞在するか(次の段階に移るまでにどの程度時間がかかるのか)は、人それぞれ、まちまちです。コロナ禍にあり、すべての人が同じ段階にあり、同じタイミングで次の段階に進む、などということは、ありえません。

 ここで留意したいのは、不安や過去に回帰したい思いが強くなり、特定の段階にとどまり続ける人(思考が止まる人・変わらない人)と、不安を言語化ながら、どんどんと先に進む人(思考する人・変わる人)の段階の差が、時間の経過とともに大きくなることです。

 この点が、個人間の思考の格差を拡大させる要因です。

 世界規模の「ショック」(コロナに限らず)は、前向きな思考停止の主因となる「大きすぎる成功体験」と同様、「変わらない人」を生む大きな要因の一つです。ショック発生→時間の経過とともに思考の格差拡大、という流れはこの20年間で何度も繰り返されてきました。

 その度に、変わらない人と変わる人の思考の格差が拡大し、世の中全体として、「思考の複雑化」が進行してきたと言えます。この点は、世の中の「複雑化」を助長していると言えます。