しかし、振り返れば、自ら決めた生産量の割り当て量を守らないことが常態化していた

 以下はOPECの原油生産量の推移です。厳密には、生産量を割り当てられた加盟国の原油生産量の合計です。また、赤い点線は、各国に割り当てられた生産量の合計です。

図:OPECの原油生産量の推移と、割り当てられた生産量の上限の合計 単位:千バレル/日量

出所:海外メディアおよびOPECのデータより筆者作成

 青の折れ線は、OPECの原油生産量の推移です。OPEC発足直後から急激に原油生産量が増加しています。OPEC発足後、加盟国が増加したこと、石油メジャーとの交渉を進め、少しずつ自らの意思で原油の生産を行うことができるようになったことを示しています。

 1980年代に入ると、急激に原油生産量が減少します。原油価格が下落したこと、そして世界の石油の需給バランスを安定化させるという、いわば原油供給における“調整弁”の役割を果たすべく、原油生産量を減少させたとみられます。OPECがこのような動きをすることから、市場は“スイング・プロデューサー”と呼びました。

 生産量の調整役であることが、世界に知られたOPECは、1982年4月、統計上初めて、“生産量の割り当て”を導入します。その時の需要の状況に合わせて生産量を調整することとし、加盟国ごとに生産量の上限を決め、極端な増産を行わないと決めたのです。

 基本的には、加盟国ごとに上限があるのですが、時には、加盟国ごとではなくOPEC全体で上限を設定したり、一部生産量の割り当てを行わない例外国を作ったりしました。現在行われている原油の減産では、イランとリビア、ベネズエラが生産量の割り当てがない、減産免除国です。

 1982年に生産割り当てが始まって以降、対象国の原油生産量と割り当てられた生産量の上限を見てみると、ほとんどの月で、生産量の方が多いことがわかります。筆者の推定では、1982年4月以降、2020年7月まで、生産量の割り当てがなされた440カ月のうち、割り当て量の上限を生産量が下回ったのは、44カ月でした。自ら決めた割当量を順守したのは10%と推定されます。

 自ら決めたことを行わないことが、常態化していたわけです。近年、OPECの市場への影響力が低下しているのではないか、という議論がなされることがありますが、影響力が低下したとみられる最も大きな理由は、自分たちで決めたことを守らないこと、にあると筆者は考えています。