夏休みの読書にぜひ!

 当連載では、これまでにも何度か書籍を紹介してきた。掲載スケジュールの関係で、読者の「夏休みの推薦図書」には間に合わなかったかもしれないが、投資に理論レベルで興味をお持ちの読者に絶好の一冊をご紹介したい。

 アンドリュー・W・ロー「Adaptive Markets 適応的市場仮説」(望月衛、千葉敏生訳、東洋経済新報社)をぜひお読みいただきたい。本文だけで600ページを超える大著だが、原注も訳されていて、索引や引用文献リストもしっかりしているので、プロの運用者・研究者も、投資理論に興味を持つ一般投資家も、注釈も含めて丁寧に読む価値のある本だ。また、この本をきっかけとして興味深い別の書籍や論文にたどり着くこともできるだろう。

 なお、本書はプロの研究者向けの専門書ではなく、あくまでも一般読者に向けた啓蒙書(けいもうしょ)だ。読者の好みによっては些か(いささか)口語的すぎるかもしれない訳者の望月衛さんの文体も含めて、気楽に読めるはずの本だ。

 筆者は、紙の本と、電子書籍を両方買った。後者は、「気になったトピックをいつでも参照できるように」という目的で入手した。

Adaptive Markets 適応的市場仮説の概要

 前述の通り大著なので、内容の紹介は正直なところ骨が折れるので、大枠を紹介しよう。

 まず、一言で全体を要約すると、資本市場を「進化論的に」理解しようとする本だ。そして、進化には、生物としての人間が時間をかけて進化する「生物学的進化」と、人間の抱く思考が環境による選別を受けて進化する「思考のスピードでの進化」の両方がある。

 本は12章で構成されているが、「適応的市場仮説」と著者が称する理論のフレームワークを直接解説する章は6章目だ。

 その前の各章では、今回「敵役」にされている「効率的市場仮説」(資産価格には全ての情報が瞬時に正しく反映しているとする考え)の説明、「行動経済学」でよくある人間の間違いの傾向(バイアス)の説明、バイアスの原因と脳神経の働きとを結びつける「神経科学」、社会的動物としての人間の生物的進化を探る「社会生物学」、人間心理の進化論的理解を目指す「進化心理学」などの、どちらかというと自然科学的な説明があって、さらに「思考」も環境から進化論的な選別を受けるのではないかという著者の考えが展開される。

「前置きが長過ぎる!」と言いたくなるかもしれないが、実は、この本の前半は過去20年くらいのある種のファイナンス研究の何とも親切なサーベイになっており、筆者は、この本の価値を「適応的市場仮説」の第6章よりも前の記述により多く認める。丁寧に読んで損はない。

 筆者個人としては、過去20年分くらいのファイナンス関連の読書をまとめて復習できたので、大変役に立った。