日銀はYCC柔軟化で緩和継続を強調、円高から円安に

 日本銀行は7月27、28日の金融政策決定会合で、YCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)の運用を柔軟化し、長期金利の上限をこれまでの「0.50%」から「1.0%」までの拡大を事実上容認する方針を決めました。

 27日までに長期金利の上限について据え置く可能性が高いと報じられていたこともあり、27日深夜から28日未明にドル相場は1ドル=141円台前半まで上昇しました。

 しかし、日本経済新聞が28日午前2時に「金利操作を柔軟運用 上限0.5%超え容認案」と会合内容を事前に報じると、1ドル=139円台前半まで下落しました。日銀が正午過ぎに会合の決定結果を発表し、「10年利回り柔軟化」とのヘッドラインが出ると138円割れ寸前まで下がりました。

 植田和男総裁の決定会合後の記者会見などで、日銀が粘り強く金融緩和を継続するためにYCCの運用を柔軟化したことが確認されると、一転し、今度はじりじりと円は売られ、海外時間に141円台へと円安が進みました。

 日銀が会合後に発表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、2023年度の物価見通しを引き上げ、2023年度の物価上昇率は4月時点の1.8%から2.5%に上方修正しました。

 2024年度は1.9%と0.1ポイント引き下げ、2025年度は1.6%と据え置きました。2024、2025年度ともに物価目標の2%を下回っており、少なくとも2024年度も金融緩和は継続されるとの市場の見方を後押ししたようです。

 31日には10年債利回りが上昇し、一時0.605%と2014年6月以来およそ9年ぶりの高水準を付けました。このことから、日銀は市場をけん制する狙いで「残存期間5年超10年以下」を対象とした臨時の国債購入オペ(公開市場操作)を通告しました。この通告を受けて、1ドル=142円台後半となり、8月1日には143円台前半まで円は売られました。

昨年12月のYCC修正時は円高、7月の今回は円安、その違いは?

 日銀は昨年12月の政策決定会合でもYCCの変動幅を従来のプラスマイナス0.25%程度からプラスマイナス0.5%程度に拡大することを決めました。

 しかし、その時と今回では、為替相場は対照的な動きをしました。昨年12月は市場参加者のほとんどが黒田東彦総裁(当時)在任中には金融緩和政策の修正はないとみていただけに、あまりのサプライズとなりました。会合結果の公表後15分ほどでドル相場はほとんど戻りなく4円超の円高となりました。

 黒田総裁が記者会見で利上げや政策修正ではないと強調しましたが、市場は実質的な利上げとみて、その後も政策修正期待が高まりました。また、英語版の日本ニュースサイトで日銀は1月の会合で2024年のインフレ見通しを2%のターゲット近くにすることを検討していると報道されたことも円買いを後押しし、1月中旬には1ドル=127円台まで円高が進みました。

 7月の今回のYCCの柔軟化は、会合終了に先駆けた報道だけでなく、会合が近づくにつれて日銀の内田真一副総裁のインタビュー記事などで政策修正観測が強まっていました。それに加え、植田総裁が4月の就任以来繰り返していた金融緩和維持の姿勢が会合後の記者会見でも確認されたことが大きいようです。外国為替市場では今回の修正は金融緩和を縮小する変更ではないとの見方が広がり、円売りがすぐに再開されました。

 また、昨年12月の修正と今回の修正は、ドルを取り巻く環境が違っていたことも背景にあります。昨年12月の日銀の政策決定会合時点では、米国で昨年11月、12月のCPI(消費者物価指数)上昇の鈍化傾向が鮮明になり、中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)による利上げペース鈍化も確認されていました。そうした中でドル安地合いとなっていたこともドル売り円買いを後押ししました。

 一方で、今回は、米国でCPIやPCEコアデフレータなどインフレ鎮静化の動きがある中、2023年4-6月期の実質GDP(国内総生産)が年率換算で前期比2.4%増と市場予想を上回りました。これを受けて、米景気はリセッション(景気後退)を回避し、ソフトランディング(軟着陸)するとの見方が広がっています。こうして、米長期金利は上昇し、ドルが買われる地合いとなっています。

日銀の次の一手は?手がかりは日本の物価!

 今回の乱高下によってYCCの修正を材料とした円高は一服となったようです。日銀がマイナス金利の解除など金融政策の正常化に向けてどんな次の一手を繰り出すのか探る展開になりそうです。

 しかし、実際に次の一手までには時間がかかりそうです。ただ、市場が日銀の政策を探る手がかりとなる日本の物価動向に敏感になることが予想され、注意する必要があります。

 植田総裁は、7月18日に「持続的・安定的な2%の物価目標までに距離があるとの認識に変化がなければ、粘り強く金融緩和を続ける姿勢も変わらない」と述べました。

 今回7月の展望リポートで示された2024年度、2025年度の物価上昇の見通しも目標の2%を下回ったままで、まだ距離がります。

 ただ、植田総裁は今回7月の会合後の記者会見で「(2024 年度の)物価見通しについては上振れリスクを意識している委員が多い。不確実性が極めて高い」と発言しました。

 今年末に向けて日本の物価上昇率がこのまま2%超を維持していれば、物価目標までの距離は縮まり、市場参加者の間では、日銀の2024年度の物価見通しが2%超に上振れするのではないか、日銀が物価動向次第で金融政策の出口に向かうのではないかと、思惑が強まる可能性があります。

 まずは、7月の全国CPI(8月18日公表)、全国の物価の先行指標となる東京都区部の8月CPI(8月25日公表)に注目したいと思います。