いま、中国がビル・ゲイツを厚遇する三つの理由

 それでは、中国はなぜこのタイミングで訪中したゲイツ氏を厚遇し、習・ゲイツ会談の模様を大々的に宣伝したのでしょうか。この理由や背景を検証することは、中国の発展、米中関係、および中国における市場や企業家の動向を考える上で極めて重要です。

 三つの視点から整理してみたいと思います。

 一つ目が、ゲイツ氏が財団を通じて取り組んでいる内容が、習政権が国家戦略の観点からグローバルに取り組もうとしているものと一致している点です。会談にて、習氏はゲイツ氏とその財団が長年世界の貧困削減、公共衛生、発展、公益慈善事業の促進に尽力してきたことを称賛した上で、「現在、世界が直面する百年未曽有の大変局は加速的に変遷している中、私はグローバル発展イニシアティブ、グローバル安全イニシアティブ、グローバル文明イニシアティブを提唱した。その目的は、グローバルな課題を解決するために、中国発の解決方法を提供することにある」と強調しました。

 要するに、ゲイツ財団と中国が現在「グローバルな課題の解決」に向けて、それぞれの立場からであったとしても、共通の課題で取り組んでいるということであり、その意味において、世界的に著名で影響力のあるゲイツ氏に歩み寄り、状況次第では、同氏を取り込むことで、中国のグローバルな影響力を拡大させていこうという戦略的意図が垣間見れます。ゲイツ氏は中国にとって絶好の「ターゲット」だということです。

 二つ目に、ゲイツ氏が長年取り組んできた慈善家としての姿を中国の起業家、実業家たちに見本としてもらうという点です。2021年8月、習氏率いる共産党指導部は、低所得者層救済、中間層支援、格差是正を特徴とし、経済の底上げを狙う「共同富裕」政策を本格的に打ち出し、中国経済政策の「切り札」としました。

 鍵を握る富の分配の過程で、政府だけでなく、社会、特に財を成してきた実業家や企業が慈善事業に従事することで、中国の社会問題の解決、特に貧しい人々や発展の遅れた地域に手を差し伸べるべきだというルール基盤づくりを提唱してきたのです。

 そこで思い出されるのが、中国政府のある幹部が私に語った次の言葉です。

「中国にビル・ゲイツはいない」

 言外に、中国でビジネスを通じて勝ち組となった人間は、勝ち逃げするのではなく、ゲイツ氏のように自らの富や財を投げ出し、慈善事業に取り組むべきだという警告が込められていました。アリババ・グループの創業者ジャック・マー氏が、最近、SDGsを含めた環境問題などに非営利で取り組むようになった背景と、共同富裕を国家戦略として推し進める中国共産党指導部のゲイツ氏への称賛は全く無関係とは言えないのです。

 実際、ゲイツ財団はゲイツ氏が中国に訪問中の6月15日、北京市政府と提携し、感染症対策のために今後5年間で5,000万ドルを寄付すると発表しています。

 三つ目が、米中関係が悪化する中、バイデン政権をけん制したいという点です。ゲイツ氏が中国を離れた二日後の6月18日、ブリンケン国務長官が訪中、2日間の滞在中、秦国務委員兼外交部長、王党中央外事工作委員会弁公室主任兼中央政治局委員、そして習国家主席と立て続けに会談しました。2月の「中国気球撃墜事件」を受けて、同長官の訪中は延期となり、その後も米中関係はギクシャクした緊張関係が続いてきました。ブリンケン氏との会談の冒頭で、秦氏は「昨今の中米関係は国交正常化(筆者注:1979年1月)以降、最悪だ」と明確に主張しました。

 中国政府は、米中関係が安定しない最大の理由を、米国側が中国を戦略的競争相手と位置付け、中国の発展の意図を誤解し、それを封じ込めようとしている点に見いだし、主張してきました。そういう現状認識を持つ習氏がゲイツ氏に語ったのが次の言葉です。

「私は常日頃から言っている。中米関係の基礎は民間にある。我々は終始米国民に希望を託し、両国民が友好であり続けることを望んでいる」

 端的に言えば、米国の政権、政府と民間、国民を切り分ける「二分論」です。米国の財界やビジネス界に寄り添い、取り込むことで、その影響力を使って、米国政府の対中政策に修正を迫ろうという意図があると思われます。その意味で、ゲイツ氏は格好かつ最大のターゲットだと言えるでしょう。

 習氏率いる共産党指導部がこのような「二分論」の観点から対外関係を考察し、管理しようとしているという点は、日本の対中外交、ビジネスにとっても示唆に富んでいると見るべきでしょう。