ドル/円相場は10月20日に1ドル=150円を32年ぶりに突破しました。その後は、政府・日本銀行による過去最大規模の円買いの為替介入があったといわれるほか、FRB(米連邦準備制度理事会)の強硬な利上げ姿勢が緩和されるとの期待が市場に広がり、円高に振れる場面が目立ちました。31日はやや円安に傾き、一時148円台をつけました。

 個人投資家は円安や為替の急変にどう対応したら良いのか。楽天証券FXディーリング部の荒地潤さんに話を聞きました。

楽天証券FXディーリング部
荒地潤さん

 バンカース・トラスト(現ドイツ銀行)とスイス銀行コーポレイション(現UBS)、日本興業銀行で通貨オプションの経験を積む。活発な投機取引で知られたバンカースではアジアの取引時間帯のディーリング責任者として、マーケットメーカーとして積極的なディーリングを行う。スイス銀行と興銀では日本の機関投資家や事業法人にオプション関連商品を幅広くセールスし、バークレイズ銀行などをへて現在にいたる。 

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1ドル=130円に当面急落するリスクも

――円安が今よりも一段と進む可能性はありますか?

 今の為替水準は、米国がインフレを抑えるためにどんどん利上げをして、ドルが円に対して高くなる可能性もありますが、私はドル/円がいったん、1ドル=130円くらいに落ちるとみています。半月や1カ月といった短い期間で、それだけ下落するリスクがこれまでより高まっています。

 私は長期的には今以上に円安が進行するとみていますが、円高への揺り戻しがあって、いったんリセットされると思います。

 テレビのワイドショーなどで為替相場が芸能ニュースと同じように扱われるようになって、円安進行への関心が高まっています。だけど、こうした時に個人投資家がさらなるドル高を期待して、ドルを買い始めるのは危険です。ドル急落で資産を失うリスクが大きいからです。

11月8日の米中間選挙後はFRB利上げ鈍化か

――FRBが利上げを鈍化させる可能性をどうみますか?

 おそらくFRBも政治的に金融政策を判断します。インフレが高進している現在、ドル安政策を採るのか、インフレ対策をするのか、どちらが国民にアピール度が高いかといった観点から考えています。インフレ対策を重視するのは11月8日に投開票される米中間選挙まででしょう。

 ネットフリックスなど米企業がドル高で収益がすでに圧迫されているので、FRBの金融政策は中間選挙後に変わる可能性があります。インフレも落ち着いてきて、そろそろ利上げペースを緩やかにしましょうという判断になるかもしれません。日米の金利差はありますが、FRBが今年3月から続けるタカ派的な引き締めをストップしただけでも、マーケットへの影響は大きい。

 米国の利上げのほかに、ウクライナ戦争がいつ終わるのかという点も為替の先行きを考える上で大事な要素になります。ウクライナ戦争が終わればユーロは大きく上がる可能性があり、そうなると、ドルが相対的に売られます。円をめぐるファンダメンタルズはあまり変わりませんが、ドル安が進む可能性があります。

 そもそもドルは安全通貨として買われている側面もあります。今、世界を見渡した時に安全な通貨はドルしかない。ユーロは欧州の隣のウクライナで戦争が起きているので、買われません。英国のポンドにも買いは生まれないでしょう。日本円はいわずもがなで、消去法でいってもドルしかありません。

有事の円買いが起きないのは日本の経常収支悪化

――かつて有事の円買いといわれ、円が安全資産として買われました。ウクライナ戦争などで世界経済の先行き不透明感が高まる中で、円買いが見られないのはなぜですか?

 有事の円買いはないですね。今、懸念しないといけないのは、徹底的な円売りです。外国とのモノやサービスの売買や投資の状況を示す日本の経常収支が悪化しています。恒常的に赤字になって日本からお金がどんどん出ていく状況が近くまで来ています。

 日本の企業などが外国から輸入したモノやサービスの支払いにはドルを使います。ドルを買って、円を売る取引となるため、円安の要因となります。逆に日本企業が外国に輸出したモノやサービスには外国から円で支払いを受けます。これは円を買ってドルを売る取引となるため、円高の要因になります。

 輸入額が輸出額を上回り、円を売る取引が円を買う取引よりも大きくなると、円安が進んでしまいます。こうなると、日本は新興国の通貨や最近の英国のポンドのようになって、どんどんお金が海外に逃げてしまう危険が高まります。

5年後は、1ドル=200円が日本政府の期待シナリオ?

――日銀では来年4月に黒田東彦総裁の任期が満了します。総裁の交代で日銀の金融緩和政策に変更はありますか?

 日銀は金利をずっと上げられないでしょう。日銀が金利を上げれば、政府の借金である国債の利払い費が増加して、日本の財政は一気に悪化しかねない。

 また、日銀は民間銀行などが日銀の当座預金に預けている預金の一部に金利を付け、一定の利子を金融機関に支払っています。今は金利がおおむねゼロだから問題になりませんが、金利が1%に上がったら、日銀は債務超過に陥るリスクが高まります。だから、金利を上げることは難しい。次の日銀総裁が誰になるかという問題ではなくて、国家としての問題ですね。

 日銀がやろうとしていることは「金融抑圧」だと思います。金融抑圧とは、政府・中央銀行が政策金利を上げずに低金利に抑え込んだまま、インフレを起こすことで、国債などの国の借金を実質的に減らす政策です。

 インフレはモノの値段が上がることですが、同時に通貨の価値がモノと比べて下がることでもあります。このまま円の価値が下がっていけば、これまで借りてきた債務残高を実質的に小さくすることができます。利払い費も低い金利で抑えられます。

 今、日銀が海外の主要な中央銀行と同じように金利を上げてしまったら、財政再建ができなくなる。日本はこのまま金利を上げずに、インフレにして、国の借金を実質的に減らしたいのです。

 それに、日本の政治家にとっても円安のほうが国民に政策のアピールをしやすい。円安だと外国人観光客が来て、インバウンド消費など効果が目に見える形で表れます。

 ただ、あまり早く円安にしてしまうと、効果が続かない。気が付いたら1ドル=200円みたいなのが一番いい。今の円安進行のペースは来年も続くか分かりません。ドル/円は大体1年で15円程度しか動かないのが通例でしたが、今年の変動の大きさは異常です。例年通りの動きなら1ドルが200円になるまで、5年かかります。

為替介入、政府・日銀の思惑は?

――政府、日銀による為替介入の効果についてはどう思いますか?

 為替介入は円安を止めるためにやっているのではありません。円安進行のスピードを緩やかにするのが目的です。政府は5年くらいかけて200円にいってほしいと思っているというのが私の認識です。政府・日銀は今の円安進行のスピードが速すぎるから、ブレーキをかけるために介入をしている。

 政府も日銀も円安そのものがいけないとは一言も言っていない。急激な為替の変動がいけないと言っているだけです。岸田文雄首相が円安のメリットを生かして経済政策を進めると表明しており、それが政府の本音なんです。円安のメリットを生かすために、長い期間かけて、ゆっくり円安にしていく。

 為替介入はドルと円、二つの通貨のことなので、日本だけが勝手にドルを売って円を買うのはうまくいきません。円を強くするのは、同時にドルを弱くすることなので、米国の理解を得ないと米国は協力しません。米国のバイデン大統領やイエレン財務長官は、いわゆる強いドル発言をして、現在のドル高を容認する姿勢を見せています。

 あれは、少なくとも米国は協力していませんと日本に言っているのでしょう。バイデン政権が日本の為替介入に協力すれば、日本のためにドルを弱くするのはいいのか、インフレ抑制はどうなってもいいのかと共和党から中間選挙でつかれる危険があります。

――東日本大震災の後に、日米欧のG7(先進7カ国)で協調介入を実施しましたが、外国の協調を得られた当時と今は何が違いますか?

*G7…カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国

 当時は日本が震災や東京電力福島第1原発事故で深刻な被害に見舞われ、投機筋の買いによる円の急騰もありました。外国からみたら、震災に加えて、円高に苦しむ日本を助ける大義名分がありました。G7で連携して日本を支援する姿勢を明確にして、急激な円高を是正するための協調介入を行いました。

 一方、現在はどこの国も、景気悪化に対して金利を下げて、景気を刺激したいのが本音ですが、エネルギー価格高騰によるインフレが深刻なので、ECB(欧州中央銀行)やカナダの中央銀行なども利上げをして、インフレを抑える政策を取っているのです。

 そうした中、日本が金利を低くしたままなのに円安は嫌なので、為替介入を手伝ってと言っても、どこの国も助けてはくれません。米国や先進諸国の協力を得たいなら、まず日銀が金融緩和政策を修正して、各国に為替介入のお願いをするのが筋です。

FRBコメントや米経済指標のチェックを

――個人投資家は今の為替相場にどう対応したらいいのでしょうか?

 今は円安から円高に急に傾くリスクが高まっています。日銀の政策は変わらないので、日本の投資家は米国の金融政策の情報に注意を向けるべきです。米国の利上げ鈍化がドル急落の大きなきっかけになる可能性があるからです。米国の経済指標にしても、FRBのコメントにしても見逃さないことが大切です。(聞き手はトウシル編集チーム 田嶋啓人)

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 2022年10月27日 : 「ドル/円、来年1~3月は130~135円!?」