投資のリターンと投機のリターン

「外貨預金や外国債券で運用する際には、為替変動のリスクがある。リスクがあれば、これを補うリターンがあるのではないか?」との疑問を持つ向きもあるだろう。

 しかし、一つには、取引の相手側を考えてみるといい。相手側は、一定期間、高金利の通貨を渡し、受け取った低金利の通貨で運用する取引に応じている訳で、金利の低さは将来の為替レートでカバーされると思って、取引に応じている。そして、この際、為替リスクがあるのは、相手方も同じだ。

 また、為替市場に於いて「円売り・ドル買い」は、「売るための円を借りて、これをドルに替えて、ドル金利で運用する」取引だ。株式の保有は、自分が利用できる資金を「資本」として企業に渡して、その資本が生産活動に使われることから利益を得ようとするような「投資」とは性質が異なる。

 外国為替取引の基本は、同じ大きさで逆方向のリスクを持った参加者同士が戦うゼロ・サムゲームであり、その本質は「投機」だ。リスクを取ることが、追加的なリターンで補われるような「投資」の世界とは異なる。

「投機」、「投資」に善悪の別はないと筆者は考えるが、(正しい情報を持った主体が自発的に行う取引は基本的に「善」だと考えるのが自由主義の原則です)、投資と投機では、リスクとリターンの関係が異なることに注意が必要だ。

日本の株価が海外のニュースに振り回される状況について

 原則論的な話はさておき、年が明けてから最近にかけて、特に米景気に関連する情報を巡って、日本の株価が大きく振れている。この点について、私見を一つ補足しておこう。

 読者は既にご承知のように、日本の株価は、為替レートに大きく影響されており、特に、「アベノミクス」下にあっては、円安が株高の主たる原動力だ。そして、為替レートは、実質金利及び金利差に強く反応する。

 ここで、米景気が悪いことを示唆するデータ(予想よりも弱い雇用統計など)が出ると、米金利は、長期金利も含めて下落するが、日本の金利は、短期ばかりでなく長期金利も低位で低下余地が乏しく殆ど動かない状態なので、長期の金利差が一気に縮小する。すると、米国の不況は日本の物価のマイナス要因でもあるため、円の予想実質金利は上昇し、共に円高に作用することになる(逆方向の材料には、逆方向の反応が起こる)。

 ここでは、いわば為替レートを通じた半ば直接的な伝達装置によって、米景気のデータに日本株が振り回されることになるが、この伝達装置が、単に伝達だけでなく、一種の「増幅装置」としても機能しているような印象だ(図3.参照)。

(図3)長短のイールドカーブ変動の概念図

 日本の株価が、海外のニュースに過敏に振り回されているような印象の昨今の状況には、このようなメカニズムの影響もあることを頭に入れておきたい。

 とはいえ、投資家には、気の休まらないマーケットではある。

【コメント】

 2014年の記事だが、外国為替市場の仕組みが当時と今とで異なる訳ではないので、この記事の外国為替に関する説明は今でもそのまま有効だ。伝えたいことは「外国為替市場は通貨の交換比と金利とをセットで取引する市場なので、運用として高金利通貨が有利とも低金利通貨が有利とも言えない」ということなのだが、正確に説明するのは正直なところ骨が折れる。この記事の文章はその説明を丁寧に行っている点で、今の筆者にも利用価値がある。読者には外国為替市場をなぜ「為替市場」と呼び「通貨交換比市場」と呼ばないのかという点に気づいて欲しい。末尾にある2014年当時の相場に関する言及の前までの外国為替の一般論を説明した文章は、当時の円金利と今の円金利が少々異なることを除くと、筆者にとって「要保存・再利用可」と思える内容だ。(2021年12月6日 山崎元)