※本記事は2014年3月7日に公開したものです。

「株畑」の為替知らず

 運用会社を何社も転職してみて、また、ファンドマネジャーなどと話して思うことだが、株式運用ばかりを手掛けて来た「株畑」の人は、外国為替の理解が的確でない、と思うことがしばしばある。具体的にいうと、「高金利通貨は、為替リスクがあるけれども、期待リターンが高い」と、株式のような資産のリスクとリターンの常識で外貨預金や外債について判断しているのだ。

 外国為替は、「為替」という名が付いている通り、支払い手段を取引する仕組みだ。基本は、郵便為替のような「ある条件の下に(誰かに)お金を支払って下さい」という契約をやり取りする仕組みだ。現実的には、やり取りする資金は、銀行の預金であり、やり取りされる場は、ニューヨークのマネーセンター・バンクと呼ばれる大手銀行だ。

 例えば東京市場の取引時間に成立したA銀行とB銀行のドル・円為替取引は、たとえばニューヨークにあるN銀行にあるA銀行の口座からN銀行のB銀行にある口座にドル(円)が振り込まれ、N銀行にあるB銀行の口座からA銀行の口座に円(ドル)が振り込まれる、といった形で資金が動いて決済される。もちろん、資金が動くといっても、銀行員がお札を抱えて走り回るのではなく、電子的なデータの形になっている口座残高が変化するだけだ。

 ところで、為替は「支払い」の契約なので、「いつ」それが行われるかが重要だ。つまり、為替レートには暗黙の内に何時の受け渡し時点の為替レートであるか、という情報が付随して取引されている。例えば「今日」の時点で、今日資金が動く今日の為替レート、スポット(2営業日後に資金が動く)の為替レート、3ヶ月後に資金が動く為替レート、1年後、2年後、…と複数の異なる為替レートが同時に存在している。

 つまり、ある時点の為替レートは、「点」ではなく、受け渡し時点の異なる「線」として存在し、線全体が上下し時に傾きも変えつつ変動している、というイメージを持つ必要がある(図1.参照)。

(図1)外国為替相場のイメージ(外貨の方が高金利な場合)

 資金に時間が関わるということは、金利が関係するということだ。異なる時点で受け渡しされる複数の為替レート間の関係を決めるのは、2国の通貨の金利だ。具体的には、銀行間で借り入れ・運用を行う金利である。

 従って、「外国為替は金利と通貨の交換比率がセットで取引されている」という認識が重要だ。

 時点の異なる為替相場は、リスク無しで儲けが出る「裁定取引」のチャンスを消すように形成され、この関係は、「金利裁定」と呼ばれている。具体的には、たとえば、スポット(rs)の1年先の受け渡しの為替レート(「フォワード・レート」と呼ばれる;rf)は、国内金利(id)と外国金利(rs)との関係が図2.の式を満たすように決まる。

(図2)金利裁定

 外国為替取引の参加者は、複数の通貨について、為替と金利をセットにして、どの通貨での借り入れと運用が有利であるかについて(たぶん真剣に!)予想して、外国為替の取引を行っている。どの通貨と金利の組み合わせが儲かるのかは、原理的には、一概に何ともいえない。取引しようとする時点では、「高金利の通貨と金利」の組み合わせが儲かるとも、「低金利の通貨と金利」の組み合わせが儲かるとも、決めることができない。

 つまり、金利が10%ある通貨も、金利が5%ある通貨も、円ベースの損得で考えた場合、0%ちょっとの円金利と「原則的には同じリターンだ」と考えるのが、標準的な出発点なのだ。

 この辺りの感じは、外国為替や債券の取引に関わったことがないと、実感として理解しにくいかも知れない。

 これは、一般投資家が錯覚しやすいポイントなので、高金利通貨を買う外貨預金や外国債券、あるいは投資信託などが、誤解した投資家を(いわば)「釣る」ために使われているのが現実だ。

 特に、過去1年半くらい円安に振れたので、理解が曖昧になっている人が増えている可能性が大きい。

投資のリターンと投機のリターン

「外貨預金や外国債券で運用する際には、為替変動のリスクがある。リスクがあれば、これを補うリターンがあるのではないか?」との疑問を持つ向きもあるだろう。

 しかし、一つには、取引の相手側を考えてみるといい。相手側は、一定期間、高金利の通貨を渡し、受け取った低金利の通貨で運用する取引に応じている訳で、金利の低さは将来の為替レートでカバーされると思って、取引に応じている。そして、この際、為替リスクがあるのは、相手方も同じだ。

 また、為替市場に於いて「円売り・ドル買い」は、「売るための円を借りて、これをドルに替えて、ドル金利で運用する」取引だ。株式の保有は、自分が利用できる資金を「資本」として企業に渡して、その資本が生産活動に使われることから利益を得ようとするような「投資」とは性質が異なる。

 外国為替取引の基本は、同じ大きさで逆方向のリスクを持った参加者同士が戦うゼロ・サムゲームであり、その本質は「投機」だ。リスクを取ることが、追加的なリターンで補われるような「投資」の世界とは異なる。

「投機」、「投資」に善悪の別はないと筆者は考えるが、(正しい情報を持った主体が自発的に行う取引は基本的に「善」だと考えるのが自由主義の原則です)、投資と投機では、リスクとリターンの関係が異なることに注意が必要だ。

日本の株価が海外のニュースに振り回される状況について

 原則論的な話はさておき、年が明けてから最近にかけて、特に米景気に関連する情報を巡って、日本の株価が大きく振れている。この点について、私見を一つ補足しておこう。

 読者は既にご承知のように、日本の株価は、為替レートに大きく影響されており、特に、「アベノミクス」下にあっては、円安が株高の主たる原動力だ。そして、為替レートは、実質金利及び金利差に強く反応する。

 ここで、米景気が悪いことを示唆するデータ(予想よりも弱い雇用統計など)が出ると、米金利は、長期金利も含めて下落するが、日本の金利は、短期ばかりでなく長期金利も低位で低下余地が乏しく殆ど動かない状態なので、長期の金利差が一気に縮小する。すると、米国の不況は日本の物価のマイナス要因でもあるため、円の予想実質金利は上昇し、共に円高に作用することになる(逆方向の材料には、逆方向の反応が起こる)。

 ここでは、いわば為替レートを通じた半ば直接的な伝達装置によって、米景気のデータに日本株が振り回されることになるが、この伝達装置が、単に伝達だけでなく、一種の「増幅装置」としても機能しているような印象だ(図3.参照)。

(図3)長短のイールドカーブ変動の概念図

 日本の株価が、海外のニュースに過敏に振り回されているような印象の昨今の状況には、このようなメカニズムの影響もあることを頭に入れておきたい。

 とはいえ、投資家には、気の休まらないマーケットではある。

【コメント】

 2014年の記事だが、外国為替市場の仕組みが当時と今とで異なる訳ではないので、この記事の外国為替に関する説明は今でもそのまま有効だ。伝えたいことは「外国為替市場は通貨の交換比と金利とをセットで取引する市場なので、運用として高金利通貨が有利とも低金利通貨が有利とも言えない」ということなのだが、正確に説明するのは正直なところ骨が折れる。この記事の文章はその説明を丁寧に行っている点で、今の筆者にも利用価値がある。読者には外国為替市場をなぜ「為替市場」と呼び「通貨交換比市場」と呼ばないのかという点に気づいて欲しい。末尾にある2014年当時の相場に関する言及の前までの外国為替の一般論を説明した文章は、当時の円金利と今の円金利が少々異なることを除くと、筆者にとって「要保存・再利用可」と思える内容だ。(2021年12月6日 山崎元)