「人権問題」は中国マーケットへの参加者にとっても無関係ではいられない

 冒頭にて、政府間の「人権問題」をめぐる応酬に、「主体的、受動的かは別として、その動きに巻き込まれる多国籍企業は増えることはあっても減ることはない。日本も例外ではない」と述べました。

 米スポーツ用品大手・ナイキとスウェーデンの衣料品大手・H&M(ヘネス・アンド・マウリッツ)が、新疆ウイグル自治区の綿花生産の現場で、ウイグル族が強制労働をさせられているとの報道に懸念を表明し、同地区生産の綿花を使用しないとしていた2020年発表の声明文があります。そしてこの3月、欧米政府が中国に制裁措置を発動する過程で、中国共産党の支配下にあるメディアによって、この声明文が“突如”取り上げられました。その後、インターネット上で拡散、「炎上」し、中国の消費者の間で、両社への不買運動にまで発展しました。私はその模様を観察していましたが、炎上や運動の過程で、中国共産党の支配下にあるメディアが、新疆ウイグル自治区産の綿花を擁護し、両社を批判するネガティブキャンペーンを展開していました。

 そこに「国家の意思」を感じずにはいられませんでした。要するに、政府と市場、世論の距離が独自に近い中国の政府や人民からすれば、政府と企業は一体なのです。

 今回のケースに関して言えば、欧米政府が中国政府当局者に対して制裁措置を発動しました。常識的に考えれば、政府と市場、公の機関と民間人は別物ですが、中国の人々はそうは受け取りません。自国政府への制裁を自らへの挑戦だと集団的に認識します。そういう論理と常識で成り立つ消費者が14億人いる、それが中国マーケットだと言っても過言ではありません。

 中国政府あるいはその関連組織は、欧米政府が制裁発動したことをきっかけに、同地域に属する企業をやり玉に挙げるべく、過去の言動を暴露したのです。これは言うまでもなく、自国の消費者から大々的に自国の政策を擁護され、自らの政権基盤強化につながり、かつこれらの企業が属する他国の政府に一定の圧力を与えられると見込んでの行為です。

 私自身、2010~2012年にかけて、中国本土で言論活動を行っていましたが、領土をめぐる問題などで日中関係が悪化する中、北京の地下鉄で取り囲まれたり、出張先の地方で圧力を受けたり、予定されていたイベントや書籍の出版が突如中止されたりといった経験をしてきました。

 ここで指摘したいのは、中国というマーケットと付き合う上で、政府間関係と民間人の行動は「別物」ではない、自国政府と中国政府間の外交関係が悪化すれば、自国企業・法人の中国での活動には制限、場合によっては制裁が科される可能性が高くなる、ということです。

 実際、日本政府が、欧米諸国政府の制裁措置に同調しないことで生じる「外交リスク」を取っているにもかかわらず、中国で活動してきた日本企業も、欧米企業同様中国の「人権問題」に巻き込まれています。

 4月、中国でユニクロを展開してきたファーストリテイリングの柳井正会長兼CEO(最高経営責任者)は、決算発表会見でこの問題に対し、「政治的な質問にはノーコメント」と繰り返していました。同じく、中国で無印良品を展開してきた良品計画も、決算発表会見にて「新疆綿」に対する考えを問う質問が相次ぐ中、「全てはリリースの通り」(無印良品の綿を栽培する新疆地区の約5,000ヘクタールの農場などについては、畑や作業者のプロフィール、人員計画を把握しつつ、第三者機関による現地での監査も行っており、同社の行動規範や法令に対する重大な違反は確認していないという内容)との回答を繰り返していました。

 両社としては、これがギリギリの回答だったということでしょう。私が見る限り、ユニクロ、無印良品は、中国マーケットに多くの「ファン」を擁しています。日本と中国との関係が悪化し、かつ、仮に両社が「人権問題」で中国を批判する声明文を出せば、両社の中国世論・マーケットにおける立場は少なからず影響を受けるでしょう。一時的なものになる可能性も十分ありますが、不買運動が起こる、店舗が破壊される、取引先との関係が悪化する、政府から嫌がらせを受けるといった状況は容易に想像できます。

 私がここで主張したいのは、今後、中国政府と日本を含めた各国政府が「人権問題」をめぐって外交関係を悪化させる可能性が高いという先行きは、中国というマーケットに参加する企業、投資家にとって一つの不安要素になる、故に、事前の準備を怠るべきではないということです。企業に関して言えば、自社としての立場を明確にし、世論に対して何らかの声明文を出さざるを得ないような場合に備え、事前に準備する必要がある、そして、投資家はそれらの動向を注視しつつ、自らの投資行為に幅を持たせる必要があるということでしょう。