――91年の生涯で約500の企業の設立や育成に関わった渋沢栄一とは、どのような人物だったのでしょう。

渋沢栄一について話す渋澤健

渋澤 渋沢栄一は連続して新しい企業を立ち上げる起業家シリアル・アントレプレナーではなく、多くの事業を並行して起業するパラレル・アントレプレナーだと思うんですね。日本の資本主義の父と呼ばれていますが、本人は資本主義ではなく「合本(がっぽん)主義」(※1)という言葉を使っています。

 渋沢栄一が第一国立銀行を創ったとき、その広告文に「銀行に集まってこないうちの金は、溝にたまっている水や、ポタポタ垂れている滴と変わりがない」と書いています。お金にはせっかく人の役に立ち、国を富ませる力があるのに、うちの中で死蔵されているお金は、効力が現れないと説いているのです。渋沢栄一のイメージする資本主義とは、できるだけ大勢の人が株主となり、集まったお金を活用して企業が価値を創造し、その利益を大勢に還元すれば、国全体も富むという考え方です。民間力を高めなければ、国力は高まらないと考えていたのでしょう。

 これから高齢化少子化がさらに進みます。そんなときに頼れるのは国が提供する社会保障でしょうか。社会保障はセーフティーネットとしてなくてはならないものですが、

みんなが頼ると財政が行き詰まり、税金を大幅に上げなければ維持できません。そんな未来にしないためには、一人一人の豊かさを高めること、つまり民間力を高めることが必要なのです。

――民間力を高めるためには、投資も必要ですが、その前に私たちがそれぞれの仕事を頑張らなければなりません。でも、誰もが好きな仕事に就くことができて全力で頑張っているというわけではありませんよね。

渋澤 渋沢栄一のメッセージは、「論語と算盤」(※2)に書かれています。その中の「大丈夫の試金石」という項目は、人間が逆境に立ったとき、それも台風や地震のような自然災害ではなく、人為的逆境に立ったとき、どういう心構えを持つべきかという教えです。何と書いてあると思いますか? 「ああしたい、こうしたいと思いなさい」(※3)と書いてあるのです。

 渋沢栄一がリスペクトしていた米国の実業家で鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーは、「成功者は必ず、自分がやりたいことを仕事にしている」と言っています。渋沢栄一と同じです。

 図を見てください。縦軸が「やりたい-やりたくない」、横軸が「できる-できない」。「最良のポジション」にいる人は幸せですね。一般に成功した人はこのポジションです。

「できるのにやりたくない」のポジションにいる人は、はたから見ると「もったいない」です。「やりたくないことすらできない」のは最悪のポジション。そして多くの人はやりたいと願っているのにできない状態でしょう。でも、ここから努力をすれば最良のポジションに移れる可能性があります。私たちが赤ちゃんの頃は、「やりたい-やりたくない」という軸でしか生きていなかったのに、教育を受けたおかげで、「できる-できない」しか考えなくなった。渋沢栄一が言うように「ああしたい、こうしたい」というスイッチを入れることで、違う段階へ進めるのではないでしょうか。