知的な人ほど年金破綻論、陰謀論がお好き?

 個人投資家は、知的レベルとしては相対的に高いのではないかと思いますが、こと政策評価に関しては陰謀論が好きな傾向が見受けられます。

 年金制度の破綻論や陰謀論などもよく語られていますが、これらの話はある程度の知的レベルがないと理解できないので、知識がある人にとっては楽しい話になるでしょう。

 しかし、不正確な理解をしてあなた自身が不利益を被っているのなら話は別です。

 2024年7月3日に国の年金財政検証結果が公表されました。最近は、年金についての情報が増えていますが、YouTubeでアクセス数を集めている動画などにも、あやしい情報発信が見受けられます。

 今回は、特に個人投資家が、年金制度についてどれくらいの距離感で接していけばいいのかを考えてみます。

根拠のない年金破綻論には絶対に与しない

 第一に、年金破綻論にはくみしないことが大事です。年金制度は「減る」けど「つぶれない」のが適当な理解だからです。

 よく高齢化の進展を年金破綻の理由とする人がいますが、同様のことは40年前にもいわれていました。現在の高齢化比率は当時より高いですが、制度は維持されています。

 仮に約40年後に75歳の現役で働いているとなれば、今の高齢化比率とほぼ同等になるという推計もあります。20年ごとに定年が5歳アップするならそれほどおかしい予想ではありません。もしそうなれば、今維持できている年金制度が回らないはずがありません。

 一方で、年金積立金が足りなくなる、または枯渇するという破綻論もありました。とはいっても、日経平均株価が1万円を切っていた時期の話です。200兆円を超える資産を確保した現状に置いて枯渇は現実的ではありません。

 それに、年金積立金については、G7諸国のほとんど(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア)が年金積立金をあまり持っていません(保険料が年金給付にすぐ使われる、文字通りの賦課方式のため)。しかし彼らは年金が破綻するなんて考えてもいません。今の日本の資産額で足りないなら、じゃあいくらあれば安心なのでしょうか。

 基本的に年金破綻論は、「視聴率やアクセス数目当て(つまり広告収入のため)」「自社商品のセールストーク(自社商品を売るため)」「政権批判(政権を獲るため)」に使われています。

 10年前も、20年前も、40年前も「年金制度は保つはずがない」「近い将来破綻する」という人がいました。実際はそうなっていませんし、これからもそうでしょう。

 ここで皮肉をひとつ紹介します。とある証券会社のOBが言うには「年金破綻は、株や自社商品を売るのに最高のセールストークだった」とのこと。

 そしてそのOBは、「そんな私も公的年金で暮らしているんですがねwww いやー、年金はありがたいですよwww」と言っていました(wwwなんて表現を使ったのはわざとです。バカにしたような笑いのニュアンスの表現です)。

 しかし、破綻論を述べた人たちが、将来に責任を取ることはありません(むしろ「警鐘を鳴らしたことで年金制度の改正が進み、制度が維持された」と主張していたりする)。いずれにせよ、「年金破綻の恐れ」みたいな話には付き合わないことです。

「日常生活費=公的年金収入」だけ年金に期待するのがちょうどいい理解

 じゃあ、節度のある個人投資家が公的年金についてどう考えればいいか、というと「日常生活費くらいはギリギリなんとかもらえる」「でもそれを何十年でも生きている限りもらえるのがいい」という理解と整理をすることです。

 現実的にも総務省の家計調査などでは、高齢者の家計は「年金収入=日常生活費」でバランスをとっていることが示されています。もともと、仕事をできなくなった人の生活を支えるのが年金制度の役割なのですから、日常生活費のみを支給してくれるのが基本線です。

 しかし、旅行に行くとか、孫にお年玉を出すとか、映画や美術館に行くとか、そのようなお金は年金から出すものではありません。「老後に2,000万円」で不足する、と喧伝された金額はまさにこの部分で「教養費、娯楽費、交際費」の合計とほぼ符合します。

 だからここは自分で準備するのです。実は「老後に2,000万円」をもって公的年金制度の批判をすること自体がおかしいのです。

 それよりも重要なのは「終身給付」です。個人投資家の中には「年金制度は事前積立制度にするべきだ」と主張する人が多いのですが(個人で口座を作って自分の保険料と運用益は自分に帰属するべきという主張)、この主張に応じれば、人よりも長寿で自分の年金口座残高がゼロになったら年金給付はストップすることになります。

 それは社会保障のやることではありません。国民全体で平準化して、長寿の可能性をリスクの要因にしない仕組みを設けているのが国の年金保険です。「100歳でも120歳でも国は年金を払ってくれる」という終身年金の約束手形があるからこそ、国の年金制度の最大の価値があると思います。

 なぜなら、仕事をリタイアしたスタート時点では、老後が何十年続くかは誰にも分からないからです。分からない老後の期間を元にお金の準備は本来できないのですが、基礎的な収支は終身で保障されているからこそ、老後の準備が現実的に可能になるのです。

ちょうどよく理解すれば老後資産形成が現実的目標になる

 今回の国の年金財政検証結果は、手ぐすね引いて待ち構えていたマスコミがあっけにとられるほど、無難でむしろ制度の安定性が高まった数字が示されています。

 公的年金制度への理解を適当なものとすることで、私たちは老後資産形成を現実的なものに納めることができます。

 仮に年金破綻論を前提とすると「老後に1億円必要だ」となります。モデル世帯の年金額月23万円を30年で積算すれば、それだけで8,280万円となり、これに2,000万円を乗せると1億円を超える準備が必要となってくるからです。

 そうすると、過剰なリスクテイクをするか、極度の節約により年収の半分以上を貯めるような無茶な資産形成計画を建てざるを得ません。ハイリスク金融商品のセールス側からすれば願ったりかなったりです。

 ところが「日常生活費分はなんとか年金でカバー」「日常生活費分は何十年でも年金でカバー」と整理することで、私たちは老後の準備額を半分以下にできます。

 会社員の多くは会社に退職金や企業年金制度がありますから、正味の準備額を抑えることが可能になります。これもきちんと把握しておきましょう(社内で自分で調べること)。そうなると、

「毎月取り崩して人生の楽しみに回す予算
(現状の平均では月5~6万円を想定)」
  ×
「老後の年数(30年など)」
  +
「趣味などには取り崩さない予定の財産
(病気や介護、老人ホーム入居、葬式代などに
 キープしておきたいお金)」
  -
「退職金・企業年金制度などでもらえる額
 (夫婦とも正社員なら合計額)」
  =
「老後のための正味の準備額」

 となります。自分なりに計算をしてみてください。

 案外、「退職金・企業年金制度を勘案すれば、NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)を定年までに1,800万円積み立てて、運用益が加われば、老後の不安はほとんどないんじゃね?」みたいになるかもしれません。

 老後の準備が「いくら貯めても不安だ」から「今のペースで頑張れば、なんとかめどが立ちそうかな」となれば、それは年金制度についてちょうどよい理解をしている、ということなのです。