全人代で中国政治の不透明感が増加

 3月11日、中国北京で約1週間の日程で開かれていた全国人民代表大会(全人代)が閉幕しました。初日(5日)、李強(リー・チャン)首相が行った「政府活動報告」については先週のレポートでレビューしました。

  • 1991年以来、全人代閉幕後の恒例行事だった首相と国内・海外メディアとの記者会見が半永久的に廃止されてしまったこと
  • 政府活動報告の中で台湾統一に向けた方針や政策に触れた箇所で、昨年度の報告には明記されていた「平和的」が削除されたこと
  • 国務院組織法改正案が可決され、共産党の政府に対する指導的地位が一層明確になったこと。

 ここで上げた三つの実例は、習近平(シー・ジンピン)総書記への権力一極集中の強化、台湾統一に向けた武力行使の示唆(しさ)、共産党の絶対的指導的地位の強化という観点から、中国政治をますます不透明にし得る事象であり、我々外界としても、それが経済、外交、台湾といった政策にどんな影響を及ぼすのか。注意深く見ていく必要があります。

 中国を巡る最大のリスクはいつ、どんな局面においても「政治リスク」。私はそう考えています。

王毅外相の記者会見で史上初めて日本メディアに質問機会無し

 ここからは、「全人代と日本」という枠組みで見ていきたいと思います。中国で1年に1回の最重要政治会議である全人代ですが、日本に特化した審議はありません。「政府活動報告」の中にも、「日本」の二文字は出て来ません。中国共産党として、国をどう繁栄させるのか、安定を保つのか、その上で対外関係をどのような理念でどう構築していくのか、といったビックピクチャー(大きな絵)、ストラテジー(戦略)を審議するのが全人代です。

 一方、今回の全人代で、習近平氏率いる中国共産党指導部の「対日スタンス」が垣間見える場面が二つありました。今後、日本の政府や企業が中国とどう付き合うかを再考する上で重要な示唆を内包していると考えるため、本稿で取り上げ、検証してみたいと思います。

 まず一つ目が、全人代で外相が外交問題に特化した記者会見を行うのが慣例化した2004年以降、初めて日本メディアの記者に質問の権利が与えられなかった点です。例年であれば、日本メディアから1社、日中関係に関する質問をするのが慣例でしたが、今回、王毅(ワン・イー)外相が受け付けた21の質問に、日本の記者も日中関係も含まれていませんでした。

 参考までに、アジア地域のメディアで言うと、シンガポール聯合早報の記者が台湾問題、韓国KBSテレビの記者が朝鮮半島、パキスタンAP通信の記者が「一帯一路」、インドネシアアンタラ通信社の記者が南シナ海問題について質問していました。他地域では、米国、ロシア、キューバ、スペイン、エジプト、タンザニアの記者に質問の機会が与えられました。

 記者会見とはいえ、中国外交部の報道局が、事前にどのメディアに質問の機会を与えるか、その上でどんな質問をさせるかに関して綿密な準備と打ち合わせをするのが慣例です。中国外交部はその後の記者会見で、日本メディアに質問の機会を与えなかったのは「時間の関係」と釈明していましたが、そんなことはありません。最初から与える気はなく、意図的に日本メディアを外したとみて間違いありません。

全人代中に発表されたビザ免除対象国にまたしても含まれず

 二つ目に、全人代の期間中、中国政府は、スイス、アイルランド、ハンガリー、オーストリア、ベルギー、ルクセンブルクの国民に対し、半年間、試験的に(3月14日から11月30日まで)15日以内のビザ免除措置を取ると発表しました。

 コロナ禍前、日本は、シンガポール、ブルネイ同様、15日以内の中国渡航に際するビザ免除が認められていました。コロナが明けた昨年9月、中国政府はシンガポールとブルネイ国民に対しビザ免除措置を復活させました(その後、今年2月9日、すなわち中国の春節直前から、中国とシンガポールは30日以内のビザ相互免除を施行)。

 昨年11月、中国政府はビザ免除対象国を拡大させ、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、マレーシアの6カ国の国民を対象に、1年間(2023年12月1日から2024年11月30日まで)、中国への短期渡航ビザ免除措置を発表しました。

 昨年来、ポストコロナ時代における日中経済関係、ビジネス交流の促進という観点から、岸田文雄首相を含めた日本政府、および経団連など経済団体も、官民一体となって中国側にビザ免除再開を求めてきたにもかかわらず、現在に至るまで前向きな対応はなされていません。

 問題は、上記で明らかなように、日本だけが取り残されていることです。米国や韓国、豪州や英国も含まれていないではないかという指摘もあるかもしれませんが、これらの国はコロナ禍前にもビザ免除措置を享受していませんでした。

 日本はそれを享受していた3カ国の中で、唯一免除措置が再開されていない国であり、さらに、コロナ禍前にビザ免除されていなかった国、それもドイツ、フランス、イタリアといった西側先進国に対しても続々と免除措置が発表されているわけですから、「日本だけが取り残されている」という突っ込んだ指摘も、あながち大げさとは言えないでしょう。不都合な現実を反映しているといえます。

日本はなぜ取り残されるのか

 私たちの目の前で起こった上記二つの実例は何を意味しているのか。

 端的に言えば、日本に対する「戦略的軽視」だと私は分析しています。

 中国外交部、特にその首長である王毅政治局委員として、日本メディアに質問させ、日中関係に関する質問に答える意義や価値を感じていないのでしょう。それよりも、もっと重要な、中国政府として発信したいテーマがあると考えているのでしょう。

 流ちょうな日本語を話し、ジャパンスクール出身者として外交官人生を全うし、駐日大使まで務めた王毅氏は、日本とどう対するかという点に関しては、昨今の中国共産党指導部の中で最も鋭い感度を持っている人物と言っても過言ではありません。

 そんな王毅氏に突き付けられた日本軽視。

 日本の官民が昨年来幾度となく求めてきた短期渡航のビザ免除が再開されない現実も、中国政府の日本軽視を如実に表しています。

 では、なぜ「軽視」に対して「戦略的」という形容動詞を付けたのか。

 中国側は自らの目的があって、意図的に「日本外し」を行っているからです。その目的とは、究極的には、日本政府の言動や政策、特に米国に同調する形で行った中国への半導体輸出規制、台湾問題を巡る米国・台湾寄りの姿勢や言動に不満を持っていると考えられます。

 これらの日本政府による政策や言動を変えるためには、財界や邦人に不満を募らせ、若干極端な言い方になりますが、日本の民間を「人質」に取ることで、中国政府としての政治的、外交的目的を達成しようとしているのでしょう。言うまでもなく、日本政府が耳を傾ける対象としては、中国政府よりも日本の財界や民間であることに疑いありませんから。

 日本の政府や企業は、中国側のこうした意図を十分に認識しながら、中国との付き合い方を考え、組み立てていく必要があると思います。今回の全人代でますます明らかになった中国の戦略的軽視に、日本の官民としてどう立ち向かうか。日本の国益を左右し得る巨大なテーマだと私は考えています。