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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「頼清徳演説後に中国が軍事演習で威嚇。米大統領選に向けて台湾情勢は緊迫化するか?」
台湾の頼清徳総統が「双十節」演説で中国を挑発
今年1月の選挙で当選し、5月に総統に就任した台湾の頼清徳(ライ・チントー)氏が10月10日、建国記念日に当たる「双十節」式典で演説しました。私は画面越しに、生中継で演説の模様を観ていました。
今回の演説は、5月20日の就任式典に続いて、非常に重要でした。なぜなら、頼総統がこの威厳ある公式な場面において、どんな口調でどんな内容を語るのか。それにより習近平(シー・ジンピン)国家主席率いる中国共産党が、台湾の現状や行き先に対する認識を堅持するか、改めるかして、台湾海峡を巡る状況に変化を生じさせる行動を取る可能性があるからです。
そして言うまでもなく、台湾海峡に「有事」をほうふつさせる事態が発生すれば、日本の経済や安全保障を取り巻く環境に影響しないわけはないでしょう。
例として、経済への影響の一端を見てみましょう。米ワシントンにあるシンクタンク「国際戦略研究所」(CSIS)が今月発表したレポート「商業の交差点:台湾海峡が世界経済を動かす仕組み」によれば、2022年、約2兆4,500億ドル相当の製品(世界の海上貿易の5分の1以上)が台湾海峡を通過。また、同年、日本の輸入の32%、輸出の25%、計約4,440億ドル相当の貿易が台湾海峡を通過したという研究結果が出ています。いったん「台湾有事」が緊迫化し、輸送ルートとしての台湾海峡が遮断されてしまった場合、それがどのくらいの期間続くかにもよりますが、日本経済にとっても深刻な影響が生じ得るということです。
頼清徳総統はこの日の演説で、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」という5月の就任演説で語った文言に加えて、「中華人民共和国に台湾を代表する権利はない」とも主張しました。演説全体を通して、「中国」と「台湾」をそれぞれ国際社会で独立した、異なる主体だという立場をにじませており、中国側が反発するのは必至と言えました。
中国人民解放軍が「前代未聞」の軍事演習で台湾を威嚇
頼清徳総統の演説に対し、中国側は予想通り、反発しました。
中国外交部の毛寧報道官は10月10日の定例記者会見にて、「台湾が過去に国家であったことは一度もない、今後も国家になることは絶対にない。台湾に[主権]などというものはそもそも存在しない」と反論。
同日、中国政府で台湾との関係を管轄する国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は、「頼清徳は演説の中で[相互に隷属しない]という[新二国論]を引き続き鼓吹(こすい)し、[台湾独立]の誤謬(ごびゅう)を作り上げ、分裂的な主張を掲げ、両岸の敵意と対抗を扇動した」と不満をあらわにしました。
より重要だったのは、中国人民解放軍による軍事演習です。演説から4日後の10月14日、解放軍の東部戦区が、陸軍、海軍、空軍、ロケット軍を総動員させる形で、台湾を包囲するように演習を行いました。また、日本の海上保安庁に相当し、「海の警察」である海警局が、こちらも台湾を包囲する形でパトロールを実行しました。この解放軍と海警局の連携は極めて重要であり、習近平主席率いる共産党と解放軍が、今回の軍事演習を、従来以上に「実戦」に焦点を当てて認識し、実行しているという状況証拠と言えるでしょう。
演習終了後、中国国防部の呉謙報道官は会見にて、演習を行った動機について、「独立が死に至る道だと(台湾側に)分からせるため」だと説明しました。非常に強い言葉であると同時に、共産党指導部として、頼清徳総統率いる台湾政府、与党・民進党が、従来以上に独立的な動きを強めていると認識している現状がうかがえます。
私から見て、これはかなり危険な攻防です。仮に頼総統が「台湾独立」を宣言すれば、中国は間違いなく、即座に武力行使を通じて台湾を獲りにいくでしょう。一方、頼清徳総統や現民進党政権の立場は、「台湾はすでに独立した主権国家であるから、今更独立を宣言する必要はない」というものです。
では、中国側は台湾側のこういうロジックやレトリックを受け入れるのでしょうか。答えはノーでしょう。独立を宣言しなくても、事実上独立している現状を随所で、繰り返し強調し、中国と台湾が国際社会において異なる、それぞれ独立した主体であることを、台湾側が大々的に主張するようであれば、どこかで中国側の堪忍袋の緒が切れるでしょう。
それはすなわち、「台湾有事」が緊迫化し、一触即発の戦争に発展しかねない瞬間になり得ます。
1カ月を切った米大統領選に向けて台湾情勢は緊迫化するか?
さて、日本の生存環境にも深刻な影響を与え得る台湾情勢ですが、これから数カ月の見通しを考えてみたいと思います。
まず、「台湾有事」に関わる直接の当事者である中国と台湾それぞれの動向が最重要であることは言うまでもありません。習近平氏、頼清徳氏が両岸関係を巡ってどんな言動を取るか、それに影響を与え得るトリガーや要素として、それぞれを取り巻く政治的、経済的、外交的、軍事的動向がどう推移していくかを注視していく必要があります。
例えばですが、中国で経済が極端に悪化し、それが政治の安定までをも脅かし、習近平政権の権力基盤に深刻なヒビが入る中で、求心力の強化という観点から、ここぞとばかりに台湾を獲りに行くという類のシナリオは否定できないでしょう。
一方、外部要因として、直近で最も重要なのは米大統領選挙でしょう。これまでも本連載で扱ってきたように、民主党のハリス現副大統領、共和党のトランプ前大統領、どちらか勝つかによって、台湾情勢への影響は変わってくるでしょう。前者が勝てば基本は現状維持、後者が勝てば、米国の対中国、台湾政策における振れ幅が大きく成り得るという意味で、私たちが今の時点から準備すべきなのは、トランプ候補が勝利した場合です。
「私は[一つの中国]など知らない。歴代大統領とは違うのだ」などと言い始め、中国を極端に刺激するかもしれないですし、逆に、「習近平は良い男だ。私は台湾を統一したいという彼の立場を尊重するし、応援もする」といった、いずれにせよ「現状変更」を促すような言動を取る可能性は、間違いなくトランプ氏のほうが高いでしょう。
その時、習近平氏率いる中国は、自らの国家戦略の観点から、情勢をどう判断し、行動していくのかに注目していきたいと思います。その意味でいうと、トランプ氏が勝利した場合における、(1)11月5日の大統領選から1月20日の就任式の政権移行期、および(2)大統領就任直後、という二つのタイミングにおいて、不確実性とリスクが高まるのではないかと現時点で分析しています。