当のウクライナは蚊帳の外?今後の展開は

 一方、最大の当事者であるはずのウクライナが「蚊帳の外」に置かれているかに見える現状は、国際政治の残酷さを物語っています。19日、ドイツで開催されたミュンヘン安全保障会議に同国のゼレンスキー大統領が出席し、従来通りロシアの軍事的脅威を強調したものの、欧米によるウクライナを守る決意も不明確だと批判しました。ウクライナのEUやNATO加盟を認めるかの回答を再度求め、「NATO加盟までには距離がある。それまでの間の安全の確約が欲しい」と関連諸国に懇願の意を表明するに至っています。

 要するに、現状をめぐる構造は、決して「強硬に出るロシアVS欧米に守られたウクライナ」、などという単純な構造ではないのです。ロシアは、かつて自国の一部で、祖先を同にするウクライナが西側に寄っていく事態を、安全保障、国家心情双方の観点から容認できない。一方の西側は、ロシアの脅威に立ち向かうため、ウクライナを緩衝地帯、防波堤にとどめておきたい。そして当のウクライナは、NATO加盟を希望しているが、隣の大国ロシアがそれを阻止しようとするだけでなく、NATO側もはっきりとした回答を示さない。

 22日未明、ロシアによる独立承認を受けて、ゼレンスキー大統領は国民向けに声明を発表。「国際的に認知された国境は変わらない。ロシアが平和的な外交努力を破壊した」と非難しつつ、欧米諸国に「明確な支援」を要望。そして、「われわれは誰も恐れない。誰にも何も与えない」と、無力感に満ちた言葉を残しています。

 今後の展望ですが、軍事的圧力をかけつつも外交交渉を通じた軟着陸を目指してきたこれまでよりも解決の難易度が上がったことは間違いありません。和平を目指して2015年2月に締結された「ミンスク合意」に基づいて解決を図るという活路にヒビが入ったからです。

 同合意は、ロシア、ウクライナ、フランス、ドイツの間で締結されました。紛争が続いていたドネツク州とルガンスク州での包括的停戦を実現、ウクライナが地方分権を規定する憲法改革を実施することで、両州の一部地域に「特別な地位」を与える恒久法の採択を促したものです。特別な地位は定義が曖昧ですが、一種の自治権を指すと理解していいでしょう。

 2月19日に開催されたミュンヘン安全保障会議に出席した中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は、講演後の質疑応答で、同合意について、次のように述べています。

「当事国が交渉を通じて合意に至った、拘束力を持つものであり、国連安保理の承認も得ている。ウクライナ問題を解決するための唯一の活路である。私が知るところによれば、ロシア、EUもミンスク合意を支持し、少し前にブリンケン米国務長官と電話で話をした際にも、米国はこの合意を支持していた」

 同日、同地で開催された主要7カ国(G7)外相会談が発表した声明も「ウクライナ東部における紛争の永続的な政治的解決への唯一の道であるミンスク合意」と明記しており、同合意の着実な履行がウクライナ問題の解決に向けての最良のアプローチというのが、同合意を締結した当事国であるドイツとフランスを含めた西側諸国、ロシア、中国を含めた大国間の総意でした。

 問題は、当のウクライナが同合意の履行に後ろ向きなことです。実際、ウクライナは憲法改正に向けた動きを進めてこなかった経緯があります。ミンスク合意はロシアに有利な形で結ばれたものであり、仮にそもそも親ロシア派が実効支配してきた両地域に「特別な地位」を法的に認めれば、それはロシアの同地域への実効支配だけでなく、ウクライナという主権国家の分裂を招く事態にもなりかねない、というウクライナの強い警戒心が作用してきたと言えます。

 プーチン大統領は、両州に特別な地位を与えるというミンスク合意の履行に後ろ向きなウクライナの動向にしびれを切らし、一気に国家承認に踏み切ったという経緯です。

 今後の展開で焦点になるのは、この国家承認すらも、ロシアによる交渉の一環、圧力の一部なのかという点です。欧米はすでに対ロ制裁を表明していますから、両陣営とも簡単には引けないのでしょうが、(1)承認、制裁、攻防、圧力、仲介、会談…など、一周回って、やっぱり外交的解決を図ろうという雰囲気が醸成され、ロシアや欧米が、ウクライナに対してミンスク合意の履行を促すのか否か。(2)ウクライナ周辺で、ロシア軍とNATO軍の武力衝突にまで発展してしまうのか。あるいは、(3)欧米とロシアの間で、経済・外交レベルにおける分断が進むのか。(1)が現状下でのベストシナリオですが、(2)に陥れば、株価や債券の暴落、エネルギーや鉱山資源の高騰は避けられません。各国でインフレ圧力は高まるのは必至でしょう。(3)で収まったとしても、昨年下半期以降、世界経済や企業収益にとっての懸案となってきた供給の制約が悪化するに違いありません。予断を許さない状況が続くでしょう。