ウクライナ危機が緊迫感を強めています。私が本稿を執筆している時点で(2月22日午前、日本時間)、ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州で親ロシア派が実効支配している地域を独立国家として承認する大統領令に署名。それに対し、米国のバイデン大統領は、同地域における、米国人の新たな投資や貿易、金融取引などを禁じる制裁措置を発動すると発表。こうした中、21日夜(米東部時間)、国際連合安全保障理事会が米英仏などの要請で緊急会合を招集。今回は、中国の動きや狙いを含め、前回レポート「ウクライナ危機、中国はロシアを支持するか?」に続き、迷走するウクライナ情勢をアップデートしていきます。

一寸先は闇。ウクライナ危機の現在地

 2月22日未明、ロシアがドネツク州とルガンスク州の一部地域を、「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」として、独立国家として承認、というニュースが飛び込んできて、一気に目が覚めました。事態がエスカレートとしているという実感を改めて持ちました。情報収集に当たっていると、イタリアに住んでいる日本の知人が、ウクライナ危機の影響を受けて光熱費が高騰、2日に1回しかお風呂に入れないという情報が入ってくる。

 中国を中心に国際情勢の分析を生業(なりわい)とする私ですが、地政学リスクというのは、国家の経済や社会、国民の生活や人生を取り巻く状況や構造そのものを変えてしまうほどの威力を持っているものなのだなと、今更ながら再認識させられました。

 事態は刻一刻と変化していくので、現時点で断定的な分析はできませんが、ウクライナ危機の現在地が何処にあるのかを整理し、今後の展開を占ってみましょう。

 ロシアと米国を中心とするNATO(北大西洋条約機構)の軍隊が、ウクライナという緩衝地帯を巡ってにらみ合ってきました。ロシアが「軍事侵攻計画はない」、ただ「仮にウクライナがNATOに加盟すれば武力衝突は避けられない」という立場を表明すれば、米国は「ロシアの軍事侵攻は近い」、「プーチンによる侵攻の意思を確信」といった発言をする。ロシア軍がウクライナ東部との国境から一部軍隊を撤収させたかと思えば、ベラルーシとの軍事演習を延長する…。

 フランスやドイツの首脳がプーチン、バイデン両大統領とそれぞれ会談し、外交的解決を呼び掛ける。フランスのマクロン大統領が米ロ大統領に首脳会談を提案し、米国側が、ロシアがウクライナに侵攻しないことを条件に原則合意した矢先に、プーチン大統領が「両共和国」の独立を承認する大統領令に署名、かつ平和維持活動のため軍の派遣を表明。米国だけでなく、EU(欧州連合)や英国もロシアの行為は国際法違反との観点から制裁措置を科す旨を表明…。

 まさに、一寸先は闇。次の瞬間、何が起こるか分からない緊迫した状況が続いています。

当のウクライナは蚊帳の外?今後の展開は

 一方、最大の当事者であるはずのウクライナが「蚊帳の外」に置かれているかに見える現状は、国際政治の残酷さを物語っています。19日、ドイツで開催されたミュンヘン安全保障会議に同国のゼレンスキー大統領が出席し、従来通りロシアの軍事的脅威を強調したものの、欧米によるウクライナを守る決意も不明確だと批判しました。ウクライナのEUやNATO加盟を認めるかの回答を再度求め、「NATO加盟までには距離がある。それまでの間の安全の確約が欲しい」と関連諸国に懇願の意を表明するに至っています。

 要するに、現状をめぐる構造は、決して「強硬に出るロシアVS欧米に守られたウクライナ」、などという単純な構造ではないのです。ロシアは、かつて自国の一部で、祖先を同にするウクライナが西側に寄っていく事態を、安全保障、国家心情双方の観点から容認できない。一方の西側は、ロシアの脅威に立ち向かうため、ウクライナを緩衝地帯、防波堤にとどめておきたい。そして当のウクライナは、NATO加盟を希望しているが、隣の大国ロシアがそれを阻止しようとするだけでなく、NATO側もはっきりとした回答を示さない。

 22日未明、ロシアによる独立承認を受けて、ゼレンスキー大統領は国民向けに声明を発表。「国際的に認知された国境は変わらない。ロシアが平和的な外交努力を破壊した」と非難しつつ、欧米諸国に「明確な支援」を要望。そして、「われわれは誰も恐れない。誰にも何も与えない」と、無力感に満ちた言葉を残しています。

 今後の展望ですが、軍事的圧力をかけつつも外交交渉を通じた軟着陸を目指してきたこれまでよりも解決の難易度が上がったことは間違いありません。和平を目指して2015年2月に締結された「ミンスク合意」に基づいて解決を図るという活路にヒビが入ったからです。

 同合意は、ロシア、ウクライナ、フランス、ドイツの間で締結されました。紛争が続いていたドネツク州とルガンスク州での包括的停戦を実現、ウクライナが地方分権を規定する憲法改革を実施することで、両州の一部地域に「特別な地位」を与える恒久法の採択を促したものです。特別な地位は定義が曖昧ですが、一種の自治権を指すと理解していいでしょう。

 2月19日に開催されたミュンヘン安全保障会議に出席した中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は、講演後の質疑応答で、同合意について、次のように述べています。

「当事国が交渉を通じて合意に至った、拘束力を持つものであり、国連安保理の承認も得ている。ウクライナ問題を解決するための唯一の活路である。私が知るところによれば、ロシア、EUもミンスク合意を支持し、少し前にブリンケン米国務長官と電話で話をした際にも、米国はこの合意を支持していた」

 同日、同地で開催された主要7カ国(G7)外相会談が発表した声明も「ウクライナ東部における紛争の永続的な政治的解決への唯一の道であるミンスク合意」と明記しており、同合意の着実な履行がウクライナ問題の解決に向けての最良のアプローチというのが、同合意を締結した当事国であるドイツとフランスを含めた西側諸国、ロシア、中国を含めた大国間の総意でした。

 問題は、当のウクライナが同合意の履行に後ろ向きなことです。実際、ウクライナは憲法改正に向けた動きを進めてこなかった経緯があります。ミンスク合意はロシアに有利な形で結ばれたものであり、仮にそもそも親ロシア派が実効支配してきた両地域に「特別な地位」を法的に認めれば、それはロシアの同地域への実効支配だけでなく、ウクライナという主権国家の分裂を招く事態にもなりかねない、というウクライナの強い警戒心が作用してきたと言えます。

 プーチン大統領は、両州に特別な地位を与えるというミンスク合意の履行に後ろ向きなウクライナの動向にしびれを切らし、一気に国家承認に踏み切ったという経緯です。

 今後の展開で焦点になるのは、この国家承認すらも、ロシアによる交渉の一環、圧力の一部なのかという点です。欧米はすでに対ロ制裁を表明していますから、両陣営とも簡単には引けないのでしょうが、(1)承認、制裁、攻防、圧力、仲介、会談…など、一周回って、やっぱり外交的解決を図ろうという雰囲気が醸成され、ロシアや欧米が、ウクライナに対してミンスク合意の履行を促すのか否か。(2)ウクライナ周辺で、ロシア軍とNATO軍の武力衝突にまで発展してしまうのか。あるいは、(3)欧米とロシアの間で、経済・外交レベルにおける分断が進むのか。(1)が現状下でのベストシナリオですが、(2)に陥れば、株価や債券の暴落、エネルギーや鉱山資源の高騰は避けられません。各国でインフレ圧力は高まるのは必至でしょう。(3)で収まったとしても、昨年下半期以降、世界経済や企業収益にとっての懸案となってきた供給の制約が悪化するに違いありません。予断を許さない状況が続くでしょう。

ウクライナ危機は中国にとってピンチか?それともチャンスか?

 2月22日早朝、中国の動きや中国当局の関心事項を把握するため、日々訪れる国営新華社通信のサイトをのぞき込んでみました。ヘッドラインは、(1)北京冬季五輪閉幕とパラリンピックに向けた始動(2)中央政府としての少子高齢化への対策(3)米国政府が台湾への武器売却を承認したことを受け、中国政府が米航空防衛機器大手レイセオンとロッキード・マーチンの2社に制裁を科すと発表、の3つでした。

 若干細かくひもといていくと、朝7時(日本時間)の段階では、ロシアによる独立国家承認のニュースは、新華社のサイトの下のほうにさりげなく掲載されていた程度。同じタイミングで、同通信社の英語版サイトをのぞいてみると、ヘッドラインのすぐ下あたり、中国語版よりも目立つ位置に載っていました。10時ごろ再度のぞき込んでみると、英語版の位置は変わらないものの、中国語版でヘッドラインの下あたりまで上がってきていました。

 新華社は中国共産党の宣伝機関ですから、党や国の意思や立場に基づいて情報やニュースが配信されます。そこに背反するファクトや分析は掲載されません。米国を中心に、西側民主主義国へのネガティブキャンペーンは日常茶飯事です。上記の配信状況から、中国当局は、ロシアがウクライナの主権・領土内にある地域を「人民共和国」として承認するという情報を、非常に慎重に扱っている経緯が見て取れます。

 英語版はともかく、中国語版は、インターネット上で数億人の自国民の目に触れることが必至。ウクライナ情勢のような政治的に敏感なテーマをめぐっては、中国メディアは独自の取材や報道が許されておらず、新華社や中央電視台といった国営機関が報じた記事を転載することを義務付けられています。

 要するに、新華社による記事配信が、そのまま国民の事実認識につながるということです。

 歴史的経緯や地域情勢、国情や体制の違いはさておき、ロシアが両共和国を独立国家として承認することは、「新疆ウイグル自治区における一部地域の独立宣言をトルクメニスタンが承認する」「チベット自治区における一部地域の独立宣言をインドが承認する」「吉林省延辺朝鮮族自治州の独立宣言を北朝鮮が承認する」のと同じことです。少数民族、テロリズム、国境問題などをめぐって、近隣諸国と複雑な関係にある中国が、他国に最もされたくない行為を、ロシアはウクライナに対してやっているのです。中国当局が慎重にならないわけがありません。このニュースを目にした中国の少数民族に、「じゃあ私たちも」と連想、興奮されては困るからです。

 一方、習近平(シー・ジンピン)国家主席は、プーチン大統領が、民族、国家として過去の栄光を奪還すべく、2014年のクリミア併合に続き、ウクライナにおける親ロシア地域を取り込もうとする意思を深い次元で理解し、共鳴もしているでしょう。習氏はウクライナ情勢を眺めつつ、「中華民族の偉大なる復興」という観点から、台湾を取り戻す(侵攻か併合か、武力行使か平和的解決かは別として)イメージを膨らませているに違いありません。

 前回レポートで明記したように、中国が、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を公に支持することはあり得ません。NATOの東方拡張阻止でロシアを支持し、「欧州の安全保障」を尊重しつつ、ウクライナ危機に対する米国の動きを分析し、台湾統一に向けた構想や戦術を具体化させているのでしょう。主権国家であるウクライナの一部地域を取りにいくのと比べて、中国が内政、国の一部と位置付け、欧米や日本を含め、一切の大国と国交を持たない台湾を取りにいくことが何を意味するのか。頭の体操と組織的準備を繰り返しているはずです。