※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
物価安定の目標2%の実現には4%の持続的な賃上げが必要

 日本銀行が11月9日に公表した「金融政策決定会合における主な意見(2023年10月30、31日開催分)」、そこに掲載された物価に関する意見9個のうち、なんと8個に「賃金」という言葉が出てきました。「賃金と物価の好循環に向けて…」「賃金上昇期待が背景に…」「来年の賃金率は本年を上回る…」などなど。

 日銀が物価目標達成に向けて賃金を意識しているのがとてもよく伝わってきます。しかし、ここで素朴な疑問が一つ。いったいどのくらい賃金が上がれば、物価安定の目標「2%」が実現できるとみているのでしょうか。資料からはそれが全く伝わってきません。今回はこの点について考えてみます。

雇用者報酬を実質的に目減りさせている異次元緩和

 まず、賃金といってもいろいろあります。ここでは「雇用者報酬」という指標を使います。雇用者報酬とは、雇用者に支払われた報酬の総額のことで、所得税などを控除する前の現金給与や、雇用主が負担する社会保険料などを集計した指標です。

 それを「CPI(消費者物価指数)」で割って「実質雇用者報酬」を計算し、日米で比較してみると、目からウロコの面白い事実が浮かび上がります。

 それを見る前に、日本の雇用者報酬のこれまでの推移から確認しておきましょう。図表1は、内閣府が公表している名目雇用者報酬と実質雇用者報酬の動向です。ちなみに内閣府では、名目雇用者報酬を家計最終消費支出デフレーターで割って実質雇用者報酬を計算していますが、大きな違いはありません。グラフを見てまず目を引くのが、新型コロナ禍以降の動きです。

<図表1 日本の雇用者報酬の動き>

(注)シャドーは景気後退期。
(出所)内閣府、楽天証券経済研究所作成

 名目雇用者報酬は新型コロナでいったん減少した後、2021年ころから再び増加を続けているのに対し、実質雇用者報酬は高インフレによって減少傾向をたどり、まるでワニの口が開くように両者の乖離(かいり)が拡大しているのが見て取れます。

 日本銀行が「2%」を持続的・安定的に実現させると言ってインフレを放置している間に、国民は所得の目減りという形で大きな負担を被っているという姿が、如実に表れています。

 少し脱線しますが、「物価安定の目標」の「2%」というのは、こんなに国民に負担を強いてまで実現しなければならないものなのでしょうか。「物価安定の目標」に縛られて物価安定を失ってしまっては本末転倒です。

 海外では、コストプッシュだからという理由でインフレに立ち向かわない中央銀行はありません。物価の番人である日銀が大規模緩和を続け、政府がインフレ対策に走る、海外から見ればかなりいびつに映っているのではないでしょうか。