欧州の天然ガス市場は「ウクライナ禍」の最中

 欧州主要国では、ウクライナ危機が終息する見通しが立たないため、エネルギーの需給ひっ迫が継続。それにより、2022年と同様、高インフレに見まわれる可能性があります。その欧州で、具体的にどのようなことが起きているのでしょうか。

図:欧州の天然ガス価格とドイツの電力価格 単位:ユーロ/メガワット時

出所:ブルームバーグのデータをもとに筆者作成

「ウクライナ危機勃発が、エネルギー価格高のきっかけになった」と語られることが多いですが、欧州の天然ガス価格については、上図のとおり、危機勃発の半年ほど前(2021年夏から秋にかけて)から、上昇が始まっていました。(グラフ内の赤丸)

 この時期、ガスプロム(ロシア最大のエネルギー総合会社)が株式の100%を保有する会社が建設を進めてきた、ドイツとロシアを結ぶ天然ガスを輸送する海底パイプライン「ノルドストリーム2」を巡る状況が、大きく変わりました。

 同年9月に同パイプラインが完成したり、米国がロシアに対して同パイプラインを使って「天然ガスを武器として利用すること」を強くけん制したりしました。

 パイプラインは完成したものの、「ロシアが供給を絞り、天然ガス価格が上昇するのではないか」などの思惑が浮上したのが、この頃です。

 米国は、前政権の時に悪化した関係を再構築しようとドイツとの距離を縮めつつ、同パイプラインの利用を巡り、ロシアをけん制。そのことで、ロシアが米国に対する態度を硬化させて、欧州向けの天然ガスの供給を絞る思惑が生じました。

 また、2021年末にドイツで首相が交代したことも、天然ガス価格を上振れさせる思惑を増幅させた可能性があります。

 首相交代は、ドイツと米国、ドイツとロシアなど、複数の重要なポイントにおける政治的なバランスを変化させるきっかけになりました。

 新しい首相になったショルツ氏は、ウクライナ危機勃発の2日前、ノルドストリーム2を「稼働させない」ための手続きを指示するなど、「米国寄り・ロシア離れ」の姿勢を示していました。

 その他、厳冬が見込まれていたことで、欧州の天然ガス需要が増加する思惑や、ロシアの自国優先の姿勢が強まる思惑が浮上していたことや、コロナ禍からの回復過程で需要が増加していたことなども、価格を上振れさせた一因だったとみられますが、価格の急上昇が始まったタイミングや、上昇の規模感を考えれば、やはり、「ノルドストリーム2を巡る環境の変化(その延長線上には危機勃発)」が、価格上昇を主導したと考えられます。

 振り返れば、この時期(2021年の夏から秋にかけて)が、欧州の天然ガス相場における「ウクライナ相場」のはじまりだったと言えそうです。

 その意味では、同危機が存在する以上、欧州の天然ガス価格が同相場開始前の水準に戻るシナリオを描くことは、難しいでしょう。この点が、2023年も欧州でインフレが続く要因になるとみられます。