要素3:日中関係は悪化するか?

 中国で実業を営んできた企業は終始実感してきたと察しますが、日中関係というのは「反日感情」が根深く存在する中国でビジネスを展開する日本企業にとっては死活問題です。特に、中国人民の愛国心を刺激しやすい領土や歴史にまつわる突発事件が両国間で起きれば、大規模な反日デモに発展したり、日本企業の店舗が破壊されたり、日本製品へのボイコットも起こり得ます。私も中国でそのような場面を多々目撃してきました。

 現状を見ると、ウクライナ戦争は日中関係を複雑かつ不確実にしているというのが私の見立てです。中国は「制裁は問題解決につながらない」という立場を明確に打ち出しており、ロシアに対する前代未聞の経済、金融制裁に参加している日本の政策と対立します。

 また、中国は、米国がインド太平洋戦略を通じた中国包囲網や封じ込め政策を強化しており、そこに日本が加担していると認識し、日本への不満や警戒心を強めています。

 先月、ジョー・バイデン米大統領が就任後初めて日本を訪問しましたが、日米首脳共同声明では、中国の海洋政策や人権問題を名指しで批判しました。中国側は猛烈に反発しました。ウクライナ戦争で日中間に不協和音が立ち込めれば、経済関係や中国ビジネスの現場が影響を受けやすくなります。

 私が特に懸念するのが、地方政府が日本企業に嫌がらせをする、中国企業が日本企業との連携に消極的になる、中国の消費者が日本商品不買活動をするといった状況です。いまはまだコロナ禍ですが、インバウンド産業にも影響必至と思われます。

要素4:習近平の権力基盤は揺らぐか?

 2022年は中国にとって政治の季節です。秋に5年に1度の党大会が開かれるというだけでなく、習近平総書記が異例の3期目に突入するかがかかる歴史的瞬間を控えています。

 そんな習氏にとって不確定要素となるのがゼロコロナとウクライナ、というのが私の分析です。要素1で、党指導部の現状認識を引用しましたが、コロナの感染拡大に伴うロックダウン措置によって、中国経済がどれだけの打撃を受けるか、ウクライナ戦争が引き金となり、中国が二次的制裁を受けることによって、経済情勢が悪化し、外交的に孤立するか、といった問題は、習近平政権の権力基盤そのものに関わる大問題です。

 習氏は、2013年3月に国家主席に就任して以来、ウラジーミル・プーチン大統領と38回も会談を行ってきました。言い換えれば、プーチン氏との関係に多大な「政治的投資」を行ってきたわけです。そんなプーチン氏が引き起こした戦争が失敗する、それによって中ロ関係が悪化する、中国が巻き添えを食う、といった苦境に陥れば、習氏は「投資失敗」の政治責任を追及されるでしょう。

 仮にその結果として、習氏の3期目続投がなくなる、あるいは、続投したとしても、党大会人事で妥協をする、経済政策や対外政策で従来の立場を堅持できなくなる、といった状況が発生すれば、中国の政治経済を取り巻く環境が根本から変わってきます。そうなれば、言うまでもなく、そんな中国でビジネスをする日本企業の対策や準備にも影響が及ぶことになります。

要素5:台湾有事は早まるか?

 ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した2月24日、「ウクライナ危機、習近平の台湾統一実現へ拍車?」と題したレポートを配信しました。ウクライナ危機と台湾有事は無関係ではない、それどころか、中国はそれを丹念、綿密に分析した上で、台湾統一という最大の悲願実現に備えようとしている、という現実を指摘したかったのです。

 あれから100日以上が経過しましたが、中国は、ロシアの軍事侵攻がなぜ「成功」しないのか、軍事力でロシアに劣るウクライナが予想以上に「健闘」している背景には何があるか、米国は戦争にどう介入しているか、ロシアへの経済・金融制裁はどれほどのものか、世論はどう反応しているか、などあらゆる角度から戦況を分析し、ロシア対ウクライナを中国対台湾に置き換えて、シナリオを立てています。

 現時点での私の分析によれば、今回のウクライナ戦争を受けて、中国は台湾への武力行使に対してこれまで以上に慎重になり、かつより総合的に事態を把握し、行動に移していく見込みですが、基本的な方針に変化は見られません。その方針とは以下の三つです。

(1)平和的統一を優先する
(2)武力行使は最後の手段に取っておく
(3)状況次第(特に台湾や米国の動向)では、武力行使も辞さないが、その場合、死傷者を可能な限り出さず、経済的、外交的、政治的損失などを最小限に抑える

 私自身、台湾有事が今すぐ起こるとは考えません。危機を無用にあおることには反対です。ただ、ウクライナ戦争を受けて、台湾海峡の動向からますます目が離せなくなっている現状は、日本企業の対中ビジネスにとって無関係ではありません。有事が現実化する場合に備えて、日本政府の対策や専門家の議論などを参考にしながら、今の内からしかるべき準備をしていくべきだと考えます。