中国の不確定要素は、日本企業に影響必至

 ロシアがウクライナに軍事侵攻してから100日が過ぎました。停戦の兆候は見いだせません。当事者であるロシアとウクライナはもちろん、欧州各国、米国などNATO(北大西洋条約機構)加盟国、そしてインドや中国を含め、各国の間で利害関係は交錯しており、戦争が長期化する必然性をあおっているように感じられます。

 多くの関係者から「鍵を握る」と目されている中国は、戦争そのものとは距離を取りつつ、停戦を促すことで自らの地政学的利益を確保し、国際関係における影響力を高めようとしているように見受けられます。一方で、戦争が長期化すれば、中国もあらゆる影響を受けます。そして、そんな中国でビジネスを展開する日本企業も多かれ少なかれ影響を受けるのは必至です。

 帝国データバンクが発表した『日本企業の中国進出動向(2020年)』によれば、中国(香港・アモイを除く)に進出している日本企業は、2020年1月時点で1万3,646社判明しています(うち、最多が直近まで2カ月以上のロックダウン(都市封鎖)に見舞われていた上海市の6,300社)。

 また、同社の調査によれば、中国と輸出入を行う日本企業は延べ約2万社に上り、上記1万3,646社と合わせると、中国でビジネスを展開する日本企業は総計で3万社以上に上ることになります。私自身、これまで日中間のあらゆる場面で、「中国に進出し、中国でビジネスを展開する日本企業は3万社以上」という描写を耳にしてきました。

 近年中国経済の国際的影響力が高まるにつれて、特に新型コロナウイルス禍以降、日本経済の動向や日本企業の収益、株価などが中国の情勢や景気に左右される。もっと言えば、翻弄(ほんろう)される局面が増えているように感じます。

「中国利下げで日経平均一時700円安」

上海ロックダウン解除でXX社の株価は今年最高値更新」

 という類のニュースが増えているということです。それでは、長期化するウクライナ戦争が中国に及ぼす影響という観点から、日本企業や日本の投資家はどのような点に注目すべきなのか。以下、私が想定する五つの「不確定要素」を提起し、解説していきます。

要素1:中国経済、景気そのものに影響するか?

 中国情勢を理解し、分析する上では、中国共産党指導部が現状や展望をどう捉えているかを知ることが重要です。特に、習近平(シー・ジンピン)総書記や李克強(リー・カーチャン)首相が何を発言し、時期や情勢の変化に伴い、発言自体にどのような変化が生じるかを注意深く追うことで、正しい政策分析につながり、適切な対策や準備を講じることが可能になると考えています。

 習氏の発言をみてみましょう。4月29日、最高意思決定機関の一つである中央政治局が会議を開き、経済情勢や政策について議論を行いました。会議は次の現状認識を導いています。

「コロナ禍とウクライナ危機がもたらすリスクと課題が増加し、我が国の経済発展環境を巡る複雑性、困難性、不確実性は上昇している。成長、雇用、物価の安定に新たな課題を投げかけている」

 上海のロックダウンに伴うサプライチェーン(供給網)や物流の遮断、消費の停滞などで物議を醸してきたコロナ禍に加え、「ウクライナ危機」が経済情勢をさらに複雑で困難なものにし、「不確実性」が増している、という現状認識であることが分かります。

 例として、特にウクライナ危機の影響を受けているとみられる物価をみてみます。1月と2月、中国のCPI(消費者物価指数)は前年同月比0.9%上昇でしたが、3月に1.5%、4月に2.1%上昇と、上げ幅があからさまに上がっています。食料やエネルギー価格の高騰から中国経済が逃れられないのも論をまちません。

 ウクライナ危機によって中国経済が影響を受ければ、中国で原材料を調達し、商品を生産し、販売する日本企業に影響が及ぶのは必至といえるでしょう。

要素2:中国は二次的制裁を受けるか?

 ここで言う「二次的制裁」(secondary sanction)とは、現在西側を中心に多くの国家から制裁を受けるような行為を強行しているロシアに対して、何らかの支援をしている、ウクライナへの侵攻に加担している、戦争を長引かせていると見なされた中国もが、西側諸国からの制裁に遭うというケースです。実際に、ベラルーシがそのような理由で二次的制裁に遭っています。

 中国共産党指導部は、ウクライナ情勢が引き金となり、中国が米国や欧州諸国、日本などから経済や金融面で制裁を受けることを終始警戒し、そうならないように具体的対策を講じてきました。中ロの特殊な関係から、中国がロシアを公に直接的に非難することはありませんが、ウクライナの主権や領土の一体性を尊重する、国連憲章を守るかどうかが中国にとってのボトムラインだという立場を繰り返し表明してきました。少なくとも、ロシアのウクライナ侵攻に賛成、同調する立場ではなく、暗にけん制、反対しているとすら解釈できます。

 また、党・政府としてもロシアとビジネス上の取引をしている中国企業に対して、新規プロジェクトの設立や、目立った取引、貿易には慎重になることを呼び掛けています。大手国有企業である中国石油化工集団(シノペック)は5月、最大5億ドルを投じ石油化学プラントを新設する事業を巡って、ロシア側のパートナーであるシブールとの協議を停止しました。

 また、パソコン世界最大手の聯想集団(レノボグループ)やスマホ大手の小米(シャオミ)といった企業がロシアへの製品輸出を停止あるいは制限しています。さらに、商業用ドローン(小型無人機)世界最大手のDJIも4月下旬、ロシアへの輸出停止を発表しています。

 今のところ、中国が国家として西側諸国から二次的制裁を受けているという証拠は見いだせません。中国共産党は引き続きそれを回避すべく外交的に振舞い、自国企業に対して呼びかけを行っていくでしょう。仮に中国が二次的制裁に遭い、そこに日本も加わる(対ロシア制裁に加わったように)ことになれば、中国でビジネスをする日本企業が中国当局から報復措置を受ける可能性も否定できません。

要素3:日中関係は悪化するか?

 中国で実業を営んできた企業は終始実感してきたと察しますが、日中関係というのは「反日感情」が根深く存在する中国でビジネスを展開する日本企業にとっては死活問題です。特に、中国人民の愛国心を刺激しやすい領土や歴史にまつわる突発事件が両国間で起きれば、大規模な反日デモに発展したり、日本企業の店舗が破壊されたり、日本製品へのボイコットも起こり得ます。私も中国でそのような場面を多々目撃してきました。

 現状を見ると、ウクライナ戦争は日中関係を複雑かつ不確実にしているというのが私の見立てです。中国は「制裁は問題解決につながらない」という立場を明確に打ち出しており、ロシアに対する前代未聞の経済、金融制裁に参加している日本の政策と対立します。

 また、中国は、米国がインド太平洋戦略を通じた中国包囲網や封じ込め政策を強化しており、そこに日本が加担していると認識し、日本への不満や警戒心を強めています。

 先月、ジョー・バイデン米大統領が就任後初めて日本を訪問しましたが、日米首脳共同声明では、中国の海洋政策や人権問題を名指しで批判しました。中国側は猛烈に反発しました。ウクライナ戦争で日中間に不協和音が立ち込めれば、経済関係や中国ビジネスの現場が影響を受けやすくなります。

 私が特に懸念するのが、地方政府が日本企業に嫌がらせをする、中国企業が日本企業との連携に消極的になる、中国の消費者が日本商品不買活動をするといった状況です。いまはまだコロナ禍ですが、インバウンド産業にも影響必至と思われます。

要素4:習近平の権力基盤は揺らぐか?

 2022年は中国にとって政治の季節です。秋に5年に1度の党大会が開かれるというだけでなく、習近平総書記が異例の3期目に突入するかがかかる歴史的瞬間を控えています。

 そんな習氏にとって不確定要素となるのがゼロコロナとウクライナ、というのが私の分析です。要素1で、党指導部の現状認識を引用しましたが、コロナの感染拡大に伴うロックダウン措置によって、中国経済がどれだけの打撃を受けるか、ウクライナ戦争が引き金となり、中国が二次的制裁を受けることによって、経済情勢が悪化し、外交的に孤立するか、といった問題は、習近平政権の権力基盤そのものに関わる大問題です。

 習氏は、2013年3月に国家主席に就任して以来、ウラジーミル・プーチン大統領と38回も会談を行ってきました。言い換えれば、プーチン氏との関係に多大な「政治的投資」を行ってきたわけです。そんなプーチン氏が引き起こした戦争が失敗する、それによって中ロ関係が悪化する、中国が巻き添えを食う、といった苦境に陥れば、習氏は「投資失敗」の政治責任を追及されるでしょう。

 仮にその結果として、習氏の3期目続投がなくなる、あるいは、続投したとしても、党大会人事で妥協をする、経済政策や対外政策で従来の立場を堅持できなくなる、といった状況が発生すれば、中国の政治経済を取り巻く環境が根本から変わってきます。そうなれば、言うまでもなく、そんな中国でビジネスをする日本企業の対策や準備にも影響が及ぶことになります。

要素5:台湾有事は早まるか?

 ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した2月24日、「ウクライナ危機、習近平の台湾統一実現へ拍車?」と題したレポートを配信しました。ウクライナ危機と台湾有事は無関係ではない、それどころか、中国はそれを丹念、綿密に分析した上で、台湾統一という最大の悲願実現に備えようとしている、という現実を指摘したかったのです。

 あれから100日以上が経過しましたが、中国は、ロシアの軍事侵攻がなぜ「成功」しないのか、軍事力でロシアに劣るウクライナが予想以上に「健闘」している背景には何があるか、米国は戦争にどう介入しているか、ロシアへの経済・金融制裁はどれほどのものか、世論はどう反応しているか、などあらゆる角度から戦況を分析し、ロシア対ウクライナを中国対台湾に置き換えて、シナリオを立てています。

 現時点での私の分析によれば、今回のウクライナ戦争を受けて、中国は台湾への武力行使に対してこれまで以上に慎重になり、かつより総合的に事態を把握し、行動に移していく見込みですが、基本的な方針に変化は見られません。その方針とは以下の三つです。

(1)平和的統一を優先する
(2)武力行使は最後の手段に取っておく
(3)状況次第(特に台湾や米国の動向)では、武力行使も辞さないが、その場合、死傷者を可能な限り出さず、経済的、外交的、政治的損失などを最小限に抑える

 私自身、台湾有事が今すぐ起こるとは考えません。危機を無用にあおることには反対です。ただ、ウクライナ戦争を受けて、台湾海峡の動向からますます目が離せなくなっている現状は、日本企業の対中ビジネスにとって無関係ではありません。有事が現実化する場合に備えて、日本政府の対策や専門家の議論などを参考にしながら、今の内からしかるべき準備をしていくべきだと考えます。