プーチン氏による「脱炭素」推進国への制裁

 目下、「ウクライナ情勢」が鎮静化する要因よりも、激化する要因を探す方が簡単な状況だと言えるかもしれません。

 どうなれば、事態は鎮静化に向かうのでしょうか。「プーチン大統領がウクライナ侵攻を決断した目的が果たされた時」が一つの候補となるでしょう。

 それは、先述の事態鎮静化に向けた4つの過程のうち、ロシア側にとっての2の事態(ロシアが欧米を凌駕する事態)、同時に欧米側にとっての1の事態(欧米がロシアに屈服する事態)に至った時、と言えます。

 筆者が、先週のロシア側の動きを見ていて最も注目した点は、「原子力発電所」を攻撃したり、占拠したりしたことです。これの行為は何を意味するのか、しばらく考えたところ、一つの仮説が頭の中に浮かびました。プーチン氏による、世界的なブーム「脱炭素」への抵抗です。

「原子力発電」は、発電時に温室効果ガスを排出しない、「脱炭素」になじむ発電方法とされています。昨年、欧州委員会は、「原子力」が「脱炭素」を支える重要な要素だと発表しました。

 その「原子力発電所」を攻撃したり占拠したりすることは、「脱炭素を支える象徴」に物理攻撃を加えながら、「脱炭素の思想」にも攻撃を加える意味があると、筆者は考えています。実際、欧州最大級の原子力発電が攻撃を受けたと報じられた後、原子力発電所を活用することのリスクと「脱炭素」を絡めた報道を目にするようになりました。

 先述の図「軍事侵攻直前からの欧米とロシアの主な発言」で示したとおり、ウクライナ侵攻の2日前、ドイツのショルツ首相はドイツとロシア間に敷設され完成し、未稼働のパイプライン「ノルドストリーム2」を稼働させないための手続きを指示しました。

 それを受け、ロシアのメドベージェフ氏(ロシア安全保障会議副議長)は、「(欧州ガス価格が高騰する)新しい世界にようこそ」とツイッターに投稿しました。

 このツイートは、政治的な意図や世界的なブーム(脱炭素)によって、化石燃料を使うことを否定するのであれば、法外な価格でエネルギーを買わなければならなくなる、「制裁」を予告したものであるように、受け取れます。

 そしてそのツイートの翌日、ロシアはウクライナに侵攻し、その後、欧州向けの天然ガス価格はおよそ2週間で2倍強に跳ね上がりました(先述の図「ウクライナ侵攻前(2月23日)と3月4日の比較」を参照)。

 以下のとおり、欧州の主要国は2020年にかけて、ロシアにとって良き天然ガスの買い手でした。2020年までの10年間で、欧州主要国を中心にロシア依存度は大きく上昇しました(ドイツにおいては輸入する天然ガスの半分以上がロシア産になりました)。

図:天然ガス輸入におけるロシア依存度(パイプライン・LNG合算)

出所:BPのデータをもとに筆者作成

「良き買い手」が手のひらを返したかのように、2021年以降、次々に温室効果ガスの排出削減目標を高くし、「脱炭素」を加速させていきました。かつての「良き買い手」たちのこのような動きを見て、プーチン大統領は何を感じたでしょうか。

 もし、今回の戦争に「脱炭素を加速させて化石燃料を否定した国への制裁」という意図が含まれているのであれば、この戦争を終わらせる策の一つに「脱炭素推進国が資源国へ譲歩を見せること」があげられるでしょう。

 以下のとおり、3月2日に行われた国連総会緊急特別会合で、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議を「棄権」した国に、化石燃料の輸出を主要な外貨獲得手段としている国が少なくありませんでした。

図:3月2日に行われた国連総会緊急特別会合で決議を「棄権」した国

出所:各種資料より筆者作成