金(ゴールド)相場、2,000ドル到達

 3月7日(月)日本時間午前、金相場が2020年8月以来、1年6カ月ぶりに2,000ドル(1トロイオンスあたり)を超えました。円建ての金先物も、一時7,370円(1グラムあたり)を超えるなど騰勢を強め、史上最高値を更新しました。

 金(ゴールド)価格が猛然と上昇しています。ロシア軍がウクライナに侵攻した2月24日、一時急上昇し、その後、やや反落したものの、翌週に入り、欧米諸国が銀行決済機構からロシアを排除する旨の報道が出て以降、上値を切り上げています。

 特に今週に入り、一段と騰勢を強めています。ブリンケン米国務長官が「ロシア産石油の輸入禁止を協議する」と発言したことを受け、原油高がさらに進行し、インフレ(物価高)がさらに厳しくなるとの見方が浮上していることが一因とみられます。

 物価高は「相対的な通貨安」という意味があり、その通貨安が「代替通貨」として金(ゴールド)を物色する動機になり得ます。

図:NY金(ゴールド)先物の価格推移(中心限月 60分足) 単位:ドル/トロイオンス

出所:ミンカブ・ジ・インフォノイドの資料をもとに筆者作成

 以下のとおり、史上最高値は、2020年8月につけた2,089.2ドルです(取引時間中。中心限月ベース)。ロシアを銀行決済機構から排除することが報じられた直後から始まった上昇劇が継続すれば、史上最高値を更新する可能性があります。

図:NY金(ゴールド)先物の価格推移(中心限月 月足) 単位:ドル/トロイオンス

出所:ブルームバーグのデータをもとに筆者作成

ウクライナ関連銘柄、騰勢を強める

 金(ゴールド)相場の上昇について、その背景について理解を深め、今後の動向を考えるために、足元で変動が目立っている銘柄に注目します。以下は、ウクライナ侵攻の前日(2月23日)と3月4日の比較です。

図:ウクライナ侵攻前(2月23日)と3月4日の比較

出所:ブルームバーグのデータをもとに筆者作成

 欧州の天然ガス、原油などのエネルギー、小麦、トウモロコシ、菜種などの農産物、パラジウム、ニッケル、アルミニウムなどの金属といった、「ウクライナ情勢関連銘柄」の上昇率が高いことがわかります。また、バルチック海運指数、温室効果ガス排出権の下落率が高いこともわかります。

 下落が目立つ、2銘柄も「ウクライナ情勢関連銘柄」であると、筆者は考えています。上昇・下落が目立つこれらの銘柄と「ウクライナ情勢」との関わりは以下のとおりです。

図:「ウクライナ関連銘柄」価格変動の背景

出所:筆者作成

「ウクライナ情勢の悪化」をきっかけに、原発活用リスク、ロシア依存リスク、脱炭素否定論、資源の武器利用、同一カテゴリー内での類似商品高など、さまざまなテーマが浮上し、関連する銘柄の価格が動いているわけです。

 前回の「原油 急騰止まらず。13年半ぶり高値。5つの懸念が導く」で述べたとおり、原油については以下の図で示した「5つの供給減少懸念」が「同時発生」していることが、価格上昇の主因であると、考えています。

図:「ウクライナ有事」激化がもたらす原油に関わる「5つの供給減少懸念」

出所:筆者作成

 足元の原油価格急騰の「真の要因」は、「制裁」と「ガバナンス重視」がもたらす供給減少懸念、つまり、キーワード2「主要国がロシアに対し制裁発動」とキーワード3「主要エネルギー企業がガバナンスを重視」起因の合計3つの供給減少懸念であると、考えています。これらが強化されたタイミングから、原油相場の上昇が加速し始めたためです。

 合計3つの供給懸念とは、主要国によるさまざまな制裁への対抗措置として、ロシアが意図的にエネルギーの供給量を減少させること、国際的な銀行決済システムからロシアの主要銀行が排除されることで、世界のさまざまな国がロシア産のエネルギーを購入しにくくなること、ガバナンス(企業統治)を重視した主要なエネルギー企業がロシアでのビジネスから相次いで撤退し、ロシアのエネルギー産業が縮小する(=エネルギー生産量が減少する)ことです。

 原油相場が上昇すると、他のエネルギー関連銘柄も連れ高となったり(天然ガス、石炭上昇)、それに伴い、発電コストが上昇して、精錬の際に電力を多用するアルミニウム価格が上昇したり、ニッケルなどが連れ高となったりします。

 また、今回の混乱の当事国であるロシアは、「資源を武器」に用いることがしばしばあります。自国の流通量を確保するために「関税を引き上げる」(穀物など)、欧州向けのエネルギーのパイプラインの「封鎖を示唆する」などです。

 ロシアにとって、こうした「資源の武器利用」は、資源国という特徴を生かした、政治上の駆け引きを有利に進めたりするための、常とう手段であるわけです。

 今回も、ロシアが主要な生産国である、天然ガス、原油、小麦、アルミニウムなどを武器として利用する懸念があります。欧米諸国が行っている制裁に対抗し、こうした品目の輸出量を意図的に減らす可能性があります。

 もっとも、銀行決済機構からのロシア排除が進んだり、さまざまな企業がガバナンス(企業統治)を優先して戦争を引き起こした国から意図的に物を買わなくなったりすることが想定されるため、ロシアによる「資源の武器利用」の効果は限定的なものになる可能性はあります。しかし、流通量の減少(減少懸念を含む)は価格上昇要因になり得るため、注意が必要です。

こぶしを振り上げ続ける各国 状況改善見えず

「こぶしを振り上げる」とは、たとえです。

「欧米」と「ロシア」、二者いるとして、彼らの軍事侵攻直前から足元までの、主なやり取りを書いてみました。欧米側はロシアを非難したり制裁をしたりする姿勢を強めています。

 この点は、欧米側の「こぶしを振り上げること」です。一方、ロシア側は軍事侵攻の手を緩めていません。この点は、ロシア側の「こぶしを振り上げること」です。

図:軍事侵攻直前からの欧米とロシアの主な発言

出所:筆者作成

 争いが起きた時、どのような過程を経て鎮静化に達するでしょうか。1.片方が片方に屈服する、2.片方が片方を完全に凌駕(りょうが)する、3.第3の選択を見いだして意識をそらし、直接的な争いから離れる、4.お互いが歩み寄る、などが挙げられます。

 では現在の「欧米」と「ロシア」の関係は、4つのうち、どれに当てはまるでしょうか。どれにもあてはまりません。争いに決着がついていない(1でも2でもない)、他の選択がもたらされていない(今のところ、国連などが入る余地がほとんどない)、お互い「こぶし」を振り上げ続けており、歩み寄る気配がないためです。

 4の「歩み寄り」は問題解決のために、欠かせない過程ですが、今の「欧米」と「ロシア」は、上図のとおり、自らの意図(欧米であれば非難・制裁、ロシアであれば軍事侵攻)を拡大させており、「歩み寄り」とは全く逆の方向を向いています。

 欧米は、欧米や世界全体がダメージを受けることを覚悟で、ロシア経済の柱であるエネルギー産業への制裁を急激に強化しています(こぶしを振り上げ続けている)。

 ロシアもロシアで、3つ目の原発を占拠する方針を打ち出しているとの報道があるなど、軍事侵攻の手を緩める気配がありません。ウクライナとの停戦合意に向けた会合も、ウクライナが完全に軍事活動を停止しないかぎり、進展しないとしています(ロシア側もこぶしを振り上げ続けている)。

 こうした状況のため、目下発生している争いは、まだ継続する可能性があります。すなわち、目先しばらく、各種「ウクライナ情勢関連銘柄」は、欧米側がロシアを銀行決済機構から排除することを決めた直後から動いている方向と同じ方向に推移する可能性がある、ということです。

プーチン氏による「脱炭素」推進国への制裁

 目下、「ウクライナ情勢」が鎮静化する要因よりも、激化する要因を探す方が簡単な状況だと言えるかもしれません。

 どうなれば、事態は鎮静化に向かうのでしょうか。「プーチン大統領がウクライナ侵攻を決断した目的が果たされた時」が一つの候補となるでしょう。

 それは、先述の事態鎮静化に向けた4つの過程のうち、ロシア側にとっての2の事態(ロシアが欧米を凌駕する事態)、同時に欧米側にとっての1の事態(欧米がロシアに屈服する事態)に至った時、と言えます。

 筆者が、先週のロシア側の動きを見ていて最も注目した点は、「原子力発電所」を攻撃したり、占拠したりしたことです。これの行為は何を意味するのか、しばらく考えたところ、一つの仮説が頭の中に浮かびました。プーチン氏による、世界的なブーム「脱炭素」への抵抗です。

「原子力発電」は、発電時に温室効果ガスを排出しない、「脱炭素」になじむ発電方法とされています。昨年、欧州委員会は、「原子力」が「脱炭素」を支える重要な要素だと発表しました。

 その「原子力発電所」を攻撃したり占拠したりすることは、「脱炭素を支える象徴」に物理攻撃を加えながら、「脱炭素の思想」にも攻撃を加える意味があると、筆者は考えています。実際、欧州最大級の原子力発電が攻撃を受けたと報じられた後、原子力発電所を活用することのリスクと「脱炭素」を絡めた報道を目にするようになりました。

 先述の図「軍事侵攻直前からの欧米とロシアの主な発言」で示したとおり、ウクライナ侵攻の2日前、ドイツのショルツ首相はドイツとロシア間に敷設され完成し、未稼働のパイプライン「ノルドストリーム2」を稼働させないための手続きを指示しました。

 それを受け、ロシアのメドベージェフ氏(ロシア安全保障会議副議長)は、「(欧州ガス価格が高騰する)新しい世界にようこそ」とツイッターに投稿しました。

 このツイートは、政治的な意図や世界的なブーム(脱炭素)によって、化石燃料を使うことを否定するのであれば、法外な価格でエネルギーを買わなければならなくなる、「制裁」を予告したものであるように、受け取れます。

 そしてそのツイートの翌日、ロシアはウクライナに侵攻し、その後、欧州向けの天然ガス価格はおよそ2週間で2倍強に跳ね上がりました(先述の図「ウクライナ侵攻前(2月23日)と3月4日の比較」を参照)。

 以下のとおり、欧州の主要国は2020年にかけて、ロシアにとって良き天然ガスの買い手でした。2020年までの10年間で、欧州主要国を中心にロシア依存度は大きく上昇しました(ドイツにおいては輸入する天然ガスの半分以上がロシア産になりました)。

図:天然ガス輸入におけるロシア依存度(パイプライン・LNG合算)

出所:BPのデータをもとに筆者作成

「良き買い手」が手のひらを返したかのように、2021年以降、次々に温室効果ガスの排出削減目標を高くし、「脱炭素」を加速させていきました。かつての「良き買い手」たちのこのような動きを見て、プーチン大統領は何を感じたでしょうか。

 もし、今回の戦争に「脱炭素を加速させて化石燃料を否定した国への制裁」という意図が含まれているのであれば、この戦争を終わらせる策の一つに「脱炭素推進国が資源国へ譲歩を見せること」があげられるでしょう。

 以下のとおり、3月2日に行われた国連総会緊急特別会合で、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議を「棄権」した国に、化石燃料の輸出を主要な外貨獲得手段としている国が少なくありませんでした。

図:3月2日に行われた国連総会緊急特別会合で決議を「棄権」した国

出所:各種資料より筆者作成

短期的に金(ゴールド)も原油も上昇するか

「振り上げたこぶし」をどのようにおろすかをイメージし、まずはどちらかが歩み寄る姿勢を見せることが、事態解決に向けた第一歩であると、筆者は考えます。

「脱炭素を急ぎ過ぎた」「資源国への配慮が十分ではなかった」など、脱炭素先進国による資源国への一定の歩み寄りが、今回の戦争を終わらせるきっかけの一つになると、コモディティの専門家として、筆者は考えます。

 逆に、こうした歩み寄りが見られなければ、単純に制裁の応酬(欧米はロシア産のエネルギーなどの不買い、ロシアはエネルギー価格つり上げ)がさらに加速し、不安が増幅し、今のような、需給ではとても説明がつかない相場展開が続く可能性があります。

 こうした制裁の応酬や不安が消えない状態が続いた場合、金(ゴールド)も、原油も、近い将来、史上最高値(金は2,089.2ドル、原油は147.23ドル)を更新する可能性があると、現時点で考えています。

図:黎明期の「脱炭素」が原油市場に与える影響(一例)

出所:筆者作成

[参考]貴金属関連の具体的な投資商品例

 楽天証券の純金積立「金・プラチナ取引」はこちらからご参照ください。

純金積立

金(プラチナ、銀もあり)

国内ETF/ETN

1326 SPDRゴールド・シェア
1328 金価格連動型上場投資信託
1540 純金上場信託(現物国内保管型)
2036 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ダブル・ブルETN
2037 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ベアETN

海外ETF

GLDM SPDRゴールド・ミニシェアーズ・トラスト
IAU iシェアーズ・ゴールド・トラスト
GDX ヴァンエック・ベクトル・金鉱株ETF

投資信託

ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)
三菱UFJ純金ファンド

外国株

ABX Barrick Gold:バリック・ゴールド
AU AngloGold:アングロゴールド・アシャンティ
AEM Agnico Eagle Mines:アグニコ・イーグル・マインズ
FNV フランコ・ネバダ
GFI Gold Fields:ゴールド・フィールズ

国内商品先物

金・金ミニ・金スポット・白金・白金ミニ・白金スポット・銀・パラジウム

海外商品先物

金、ミニ金、マイクロ金(銀、ミニ銀もあり)

商品CFD(金・銀)

[参考]コモディティ関連の具体的な投資商品例

投資信託

eMAXISプラスコモディティインデックス

SMTAMコモディティ・オープン

iシェアーズコモディティインデックスファンド

ダイワ/「RICI(R)」コモディティ・ファンド

DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Aコース(為替ヘッジあり)

DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Bコース(為替ヘッジなし)

外国株

iPathピュア・ベータ・ブロード・コモディティ(BCM)

インベスコDB コモディティ・インデックス・トラッキング・ファンド(DBC)

iPathブルームバーグ・コモディティ指数トータルリターンETN(DJP)

iシェアーズ S&P GSCI コモディティ・インデックス・トラスト(GSG)