メタンにも触手が伸びた「脱炭素」

 いよいよ「脱炭素」は新しい段階に入りました。「メタン」が、積極的に削減するべき、温室効果ガスとなることを、バイデン米大統領が提案したためです。「メタン(CH4)」は、以下の通り、二酸化炭素(CO2)に次いで排出量が多い、温室効果ガスです。

図:温室効果ガス排出量全体に占める各種ガスのシェア(2018年)

出所:Climate Watchのデータより筆者作成

 大気中に残存する年数や、海水などに吸収される度合いが異なるため、単純比較はできませんが、「どれだけ温室効果があるのか」について、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、地球温暖化係数という目安を示しています。

 上図内のとおり、メタン(CH4)の温室効果は、二酸化炭素(CO2)の25倍です。二酸化炭素に比べて排出量が少ないとはいえ、決してメタンを軽視することはできないでしょう。さらに温室効果が高い一酸化二窒素(N2O)を含めて考えても、排出量削減が望まれる温室効果ガスが、二酸化炭素だけではないことが分かります。

 このメタン(CH4)ですが、どこで排出されているのでしょうか。下図より、わたしたちの生活に密接な、「食」に関わる分野からの排出が、最も多いことがわかります。

図:メタン(CH4)の起源別排出量(2018年) 単位:百万トン(二酸化炭素換算)

出所:Climate Watchのデータより筆者作成

 以前の「お宅の食卓直撃必至!?穀物・食用油価格が爆騰中!関連銘柄に注目」で述べたとおり、メタン発生源の主要分野は農業です。微生物の活動によって水田の泥から発生したり、家畜の反すう運動(げっぷ)や、排泄物から発生したりします。

 世界の人々(わたしたちを含め)が、お米や肉、乳製品を食べることに、メタン(CH4)が関わっているのです。下図は、メタンの「農業」起因の、地域別の排出量を示しています。

図:メタン(CH4)の「農業」分野起因の排出量 単位:百万トン(二酸化炭素換算)

出所:Climate Watchのデータより筆者作成

 農業分野起因のメタン(CH4)排出で最も多い地域は、アジアです。詳細なデータを参照すると、アジアの地域の中でも、北緯0度(赤道)から30度程度の地域、つまり、インドや中国(南部)、パキスタン、バングラデシュ、そして東南アジア(ミャンマー、タイなど)の国々からの排出量が多いことがわかります。稲作を大規模に行っているため、水田からの発生量が多いと考えられます。

 アジアに次いで多いのが、中南米(ブラジル、アルゼンチン、パラグアイなど)です。牛や豚などの家畜の頭数が多いことが、理由に挙げられます。

 アジアのお米も、中南米の食肉も、スーパーマーケットに行けば容易に購入することができ、口にすることができます。こうした食材がメタン(CH4)と関わりがあるわけです。

 農業に次いで、メタンの排出量が多い分野は、「燃料からの漏出」です。Fugitive Emissionsと呼ばれる分野で、石炭や石油、天然ガスの生産・処理・輸送の際に排出されます。化石燃料を生産したり、精製したり、輸送したりする場面で、メタン(CH4)が排出されるのです。

 下図は、メタンの「燃料からの漏出」起因の、地域別の排出量を示しています。

図:メタン(CH4)の「燃料からの漏出」分野起因の排出量 単位:百万トン(二酸化炭素換算)

出所:Climate Watchのデータより筆者作成

 ヨーロッパ(石油や天然ガスの生産量が多いロシアや、旧ソ連の産油国が中心)が最も多く、次いで、アジア(化石燃料の輸入・消費が多い中国やインド、石油の生産量が比較的多いインドネシア、マレーシア)からの排出が多いことがわかります。

 COP26のリーダーズ・サミットで、バイデン米大統領が提唱した「メタンの削減」は、米国国内の農家の方々や化石燃料に関わる業界にも、影響を及ぼすと考えられますが、農家の方々へは補助金を出すと、バイデン氏は発言しています。

 先述の通り、「メタン削減」の件は、「食」に関わる話です。補助金が付されて生産量が減少した場合、食肉の価格が上昇する可能性があります。

 人類は今、ガソリンや軽油由来の二酸化炭素(CO2)排出量を減少させるため、電気自動車(EV)を増やすことに心血を注いでいるわけですが、それは、移動手段の代替を作る、すなわち、移動することを諦めない、ことを前提としています。

 ではメタン(CH4)はどうでしょうか。食肉の代替として、大豆などの植物由来の「代替肉」がそれにあたりますが、今のところ、コストや技術などの問題も残っていますし、何より「味」の代替は不可能(本物の肉の味を諦められない)、と感じる人もいるかもしれません。

 食べ物の代替品を一般化させることの難易度は、移動手段の代替品を一般化させることよりも、高いと感じます。この点は、「メタン削減」を加速させるために、避けてはとおれない課題と言えるでしょう。過剰に「メタン削減」を推進した場合、社会的混乱が発生する可能性すら、あるかもしれません。