「企業分析の幻想」と「トレーディングの勝負」を捨てる

 何度も言って恐縮だが、世の中で広義の個別株投資をしている人の半分強は市場平均としてのインデックスに負けているのだ。個人が行う個別株投資を、インデックス・ファンドへの投資と比較しても合理的な資産形成手段とすることは、「難しいがゆえに、趣味として面白そうだ」と読者は思えるだろうか?

 前出のように、一般読者向けの株式投資案内本は、読者に「夢を与えすぎ」ている。多くの自己啓発本と一緒で、本を読んでいる間だけ、自分の能力が高まったかのような感覚を商品としている本が少なくない。まるで、運用会社が、ファンドを顧客に売るために開いているセミナーのような内容だ。

 しかし、ある程度以上に知的な人なら、もう少し「現実に近い領域」で工夫を試すのでなければ、面白くないのではないか。

 そのためには、「企業を深く分析すると、他の投資家には分からない真の企業価値が分かる(のではないか)」という企業分析に対する幻想を捨てることと、「何らかのノウハウを工夫し勘を磨くと短期売買で儲けられるのではないか」というトレーディング勝負の可能性に対して距離を置くことが大事なのだろう、と筆者は考えている。

 どちらも、「自分が努力して関わると、結果を改善できるのではないか」と思い込む、行動経済学で「オーバー・コンフィデンス」と呼ぶ心理的な傾向に関わっているので、完全な克服は容易ではない。

 企業の真の経営状態やビジネスの機微は、部外者であるアナリストやファンドマネージャーが外から評価しようとして正しく評価できるものではない。例えば、大事な要素の1つは、企業の経営者の人格だが、ファンドマネージャーごときが経営者の人格(の経営への向き・不向き)を評価できると思うのは、率直に言って、傲慢な勘違いだ。素人をプロの下に置くつもりはないが、プロの上だと言えるものでもない。筆者にも評価できないし、たぶん、読者にも無理だ。

 この点について、結果論的に上手く行った投資家の話を聞いて、一般的に通用する方法論として真に受けるべきではない。まして、自分の運用の腕を商品として商っているプロ投資家のセールストークに感動するのは愚かだ。

 短期トレーディングの誘惑も、直ぐに結果が出て、しかもスリルがあるので、なかなか厄介だ。一時的であっても上手く行くと、一般的な法則に通じるノウハウを手に入れたと錯覚しがちだし、テクニカル分析でも、コンピューターを使ったプログラム売買でも、自分が苦労して学ぶと、そのノウハウの価値を凡人は自分で否定しにくい。

それでも「運用ゲーム」は面白い

 インデックスに勝つのは大変だ。企業分析やトレーディングの「修行」をしても無駄だ。「トウシル」は証券会社の媒体なのに、株式投資に対して、我ながら、随分夢のない話を書いたものだ。

 しかし、現実を認めた上で、インデックス投資に大きく劣らない範囲を守りながら、個別株式での運用に工夫を仕込む方法は数多くある。

 筆者が直ぐに思い浮かぶものだけでも、「へそ曲がりなバリュー投資」、「反応が遅れがちな上方修正の評価方法」、「不人気銘柄のコレクション」、「不祥事を狙うイベント投資」などが挙げられるし、個人的には、証券会社を退職したら個別株投資を第一の趣味にしたいと思っているので、新しい方法を(たぶん)まだまだ思いつくはずだ。

 筆者は、現実的な認識を共有できる読者に向けて、「趣味と資産形成を両立できる株式投資の本」を書いてみたいと思っていて、現在構成を思案中なのだが、しかし、そのような地味な本(?)に読者が付くのか自信が持てずにいる。チャンスがあれば、一冊書いてみたいと思っている。