株式投資本の序章を書くなら…

 インデックス・ファンドへの投資など、他の投資手段との比較で、個人が個別株式の運用で資産形成を適切に行うことは、(1)簡単にはできないけれども、(2)趣味としてなかなかに面白いので、(3)是非その方法を伝えたい、と筆者は考えている。

 ただ、「簡単にはできない」ことの難しさの程度と理由を的確に説明することは、残念ながら、それ自体が簡単でない。また、多くの個人が個別銘柄への投資に期待する一般的な株式投資像と、上記のような意味で適切な株式投資の「楽しみ」との間には、量的にも質的にも、大きなズレがあるように思われる。

 今回は、個人の個別株投資を巡る「現実的な話」をご説明したい。

個別株投資は「家庭菜園」

 株式投資を食生活に引き寄せて考えてみる。

 個人の個別株投資による資産運用は、「家庭菜園」で育てた作物による自給自足に近い。一個一個の作物には栽培の手間に込めた愛着があり、自分の口に入る食材に自分が知らない農薬・添加物・遺伝子組み換えなどが付加されていないことが分かる安心感がある。しかし、ある程度の規模で意識的にバランスを取るのでなければ、家庭菜園だけに食材を限ると栄養や味が偏る可能性がある。

 これに対して、「食品スーパー」で食材を週1回などの買い物でまとめ買いするのはインデックス・ファンドに資金を一括投資するのに近い感覚だし、「野菜の宅配」は積立投資に近い。自分で野菜を育てる楽しみは無いし、微量かも知れないが添加物がある可能性が排除できない。業者の利潤もある(インデックス・ファンドにも運用管理費用がある)。

 但し、家庭菜園の土地や手間のコスト、不作のリスク、そして何よりも食材の種類の不足による偏りのデメリットを考えると、「食品スーパー」あるいは「野菜の宅配」で、食材を調達する方が、普通の家庭にとっては現実的な選択だろう。現実の家庭でも、多数派はこの形だ。

 因みに、同様の比較をアクティブ・ファンドにも当てはめるなら、アクティブ・ファンドは「レストランでの外食」に相当するだろうか。「家庭菜園+自炊」よりも食材のバラエティはあるが、コストはかなり高く付く。

 この比喩は、「味」を含めて評価するとすれば、アクティブ・ファンドの褒めすぎになるかも知れないが、偏った自炊をするよりは、値段が高くても外食を中心にする方がいいというケースは、独身者などにあっては少なくない。1人分を自炊するのは効率が悪いし、栄養が偏りやすい。十分な分散が効かない少額の投資であれば、個別株投資を工夫するよりも、アクティブ・ファンドであっても投資信託を買う方がいいという場合はあり得る(もちろん、インデックス・ファンドの方がより良いのだが)。

個別株投資とインデックス投資の大きな「差」

 さて、資産形成には、広く分散投資されていて、運用管理費用が低廉なインデックス・ファンドに投資する手段がある。個別株で運用しようとする投資家は、インデックス運用と自分が行う個別株運用の「差」を冷静に認識しておくべきだ。世の株式投資本は(ひどい場合には投資信託の本も含めて)、この辺りの事情を正確に説明していない。

 金融論的に見たポートフォリオの価値は、(1)期待リターン、(2)リスク、(3)コスト、の3要素で評価される。

1.期待リターン

 インデックス運用の期待リターンは、インデックスが「市場平均」を表す物だとすると、個別株投資の期待リターンの「平均」だ。これは知っておく方がいい現実だ。アマチュアだけでなくプロも含めて、個別株で運用している人の運用パフォーマンスは、平均を取るとインデックス並みのはずなのだ。大まかに言うと、インデックスに勝っている人はいるが、同時に、同じくらいの数(より正確には同じ人数ではなく同じ金額だが)、負けている人がいる。そして、「勝ち組」に回ることは、プロの投資家にとっても簡単ではないのが現実だ。

「企業を徹底的に研究すると平均に勝てるはずだ」とか「タイミングを上手くやれば損をしないはずだ」などと考えて、自分の個別株投資の期待値にすることは、普通の経済常識に照らして不適切だと気づかねばならない。

 しかし、世の中の株式投資の手引き書は、こうした点について、読者に「夢を与えすぎ」だ。例えば、過去に実績を上げたファンドマネージャーが、「素人でも、身の回りに注意を払って企業を分析すると、テンバガー(将来10倍になる銘柄)を見つけることも夢ではない」と書いた本に「ヤル気」になるのは結構なことだが(かつての筆者も少しヤル気になった)、同時に「現実にはそうでない銘柄を買ってしまうことがよくあるのだろうし、これは素人に夢を持たせるために書かれた本だ」と冷静に思い直すことができなければ、知的な大人ではあるまい。少なくとも筆者は、こうした現実が分かる人とでなければ、投資について語って、面白いとは思わない。

 資産形成と両立するような趣味としての株式投資にあっては、自分の運用が「インデックス投資並みのリターンなら上出来だ」と思うくらいの目標設定を楽しめるくらいでなければならない。

 だからと言って、筆者は、運用パフォーマンスの数字に拘るなと言うつもりはない。パフォーマンスはズルをしないで正確に測って、大いに励みにしよう。結果が数字に表れることは、株式投資を趣味として楽しむ上で重要なポイントだ。これが嫌な人は、この趣味に向いていない。

2.リスク

 リターンは、原理的にインデックスに勝ったり、負けたり、なのだから、差は小さいとしても、ポートフォリオの「価値」として、個別株投資とインデックス運用では、リスクが大きく異なることの「差」を認識する必要がある。

 例えば、インデックスのリスクを年率リターンの標準偏差で測って20%としよう(実際には時期によって変動するが)。対して、典型的な個別銘柄(大型株だがそこそこに人気の銘柄くらいのイメージだ)1銘柄の投資だと35%くらいのリスクがある。

 1銘柄の期待リターンは大まかにインデックスと同じなのだから、共に年率6%と考えるとどうか。一応の最悪のケースを「期待リターンから−2標準偏差」で評価すると、インデックス投資は−34%、1銘柄運用だと−64%、となる。約2倍近く異なるわけだが、例えば、「100万円まで損が出来る」という制限下なら、インデックス投資では約294万円まで投資できるのに対して、1銘柄投資なら約156万円までしか投資できない。両者には、年間収益の期待値で2倍近い差が付く理屈だ。

 また、一般的に使われる効用関数では、リスクに対するペナルティーは標準偏差ではなく分散で測ったリスクに対して評価される。従って、仮にインデックスの超過リターン(リスクフリー金利に上乗せされる期待リターン)が5%(分散は400%2)であるとすると、5×{(35×35)/400}=15.315なので、約15%の超過リターンが期待できるのでなければ、インデックスと同等には評価されないことになる。

 期待値でなくて、既に結果の出たポートフォリオであれば、リターンが高かった方が有り難いとの評価でいいのだが、現実の運用で目指すのは、期待リターンとリスクを総合してポートフォリオが「現時点で」望ましい状態にあることなので、結果論での比較とは問題が別だ。

 もちろん、実際には個別銘柄投資では、1銘柄だけに投資するのではなく、分散投資を行うことを推奨するが、それでも投資銘柄の業種が偏ったり、突出してウェイトの高い銘柄があったり、上場間もないベンチャー企業への投資にウェイトがあったりすると、上記の数値例のような「差」が、インデックス投資との間には生じているということなので、個別株投資家は謙虚でありたい。

 尚、運用にあっては、期待リターンを直接上げることは相当に難しいが、分散投資でリスクを低下させることは、意図的に、かなりの確度で達成できる。この部分を楽しむのは、技術的に面倒で且つ地味なのだが、「趣味としての株式投資」にあっては、楽しむことが出来るポイントの1つだ。

3.コスト

「家庭菜園」的な個別株投資と、インデックス・ファンドへの投資を比較して、どちらがコスト(主に手数料的支出)高であるかは、微妙な問題だ。

 インデックス・ファンドは手数料が低廉だとはいえ、公募の投資信託に投資しても、ETF(上場投資信託)に投資しても、運用管理費用が掛かる。また、低回転率だとはいえ、ファンド内の売買コストもある。

 一方、個人が行う個別株投資は、ネット証券を使って売買して、低回転率を心掛けると、運用資産額に対する年間のコストは相当に小さく抑えられるはずだが、現実的な問題として、分散投資が不十分になってファンドのバランスが崩れやすい分売買回転率が高まりやすいので、「コスト」の面でどちらが有利なのかは、一概には何とも言えない。

 ただ、「家庭菜園」の方の肩を持つとすると、インデックスの銘柄入れ替えや、銘柄のウェイト変更などで、インデックス投資家が損をする見えにくいコストや、それが大きくなるリスク(例えば、東京証券取引所が再編成される際のTOPIX[東証株価指数]は心配だ)といった、「他人に起因する損」(市販の野菜なら添加物の心配に相当する)を気にしなくていい分、個別銘柄運用の方が爽やかだ。

「企業分析の幻想」と「トレーディングの勝負」を捨てる

 何度も言って恐縮だが、世の中で広義の個別株投資をしている人の半分強は市場平均としてのインデックスに負けているのだ。個人が行う個別株投資を、インデックス・ファンドへの投資と比較しても合理的な資産形成手段とすることは、「難しいがゆえに、趣味として面白そうだ」と読者は思えるだろうか?

 前出のように、一般読者向けの株式投資案内本は、読者に「夢を与えすぎ」ている。多くの自己啓発本と一緒で、本を読んでいる間だけ、自分の能力が高まったかのような感覚を商品としている本が少なくない。まるで、運用会社が、ファンドを顧客に売るために開いているセミナーのような内容だ。

 しかし、ある程度以上に知的な人なら、もう少し「現実に近い領域」で工夫を試すのでなければ、面白くないのではないか。

 そのためには、「企業を深く分析すると、他の投資家には分からない真の企業価値が分かる(のではないか)」という企業分析に対する幻想を捨てることと、「何らかのノウハウを工夫し勘を磨くと短期売買で儲けられるのではないか」というトレーディング勝負の可能性に対して距離を置くことが大事なのだろう、と筆者は考えている。

 どちらも、「自分が努力して関わると、結果を改善できるのではないか」と思い込む、行動経済学で「オーバー・コンフィデンス」と呼ぶ心理的な傾向に関わっているので、完全な克服は容易ではない。

 企業の真の経営状態やビジネスの機微は、部外者であるアナリストやファンドマネージャーが外から評価しようとして正しく評価できるものではない。例えば、大事な要素の1つは、企業の経営者の人格だが、ファンドマネージャーごときが経営者の人格(の経営への向き・不向き)を評価できると思うのは、率直に言って、傲慢な勘違いだ。素人をプロの下に置くつもりはないが、プロの上だと言えるものでもない。筆者にも評価できないし、たぶん、読者にも無理だ。

 この点について、結果論的に上手く行った投資家の話を聞いて、一般的に通用する方法論として真に受けるべきではない。まして、自分の運用の腕を商品として商っているプロ投資家のセールストークに感動するのは愚かだ。

 短期トレーディングの誘惑も、直ぐに結果が出て、しかもスリルがあるので、なかなか厄介だ。一時的であっても上手く行くと、一般的な法則に通じるノウハウを手に入れたと錯覚しがちだし、テクニカル分析でも、コンピューターを使ったプログラム売買でも、自分が苦労して学ぶと、そのノウハウの価値を凡人は自分で否定しにくい。

それでも「運用ゲーム」は面白い

 インデックスに勝つのは大変だ。企業分析やトレーディングの「修行」をしても無駄だ。「トウシル」は証券会社の媒体なのに、株式投資に対して、我ながら、随分夢のない話を書いたものだ。

 しかし、現実を認めた上で、インデックス投資に大きく劣らない範囲を守りながら、個別株式での運用に工夫を仕込む方法は数多くある。

 筆者が直ぐに思い浮かぶものだけでも、「へそ曲がりなバリュー投資」、「反応が遅れがちな上方修正の評価方法」、「不人気銘柄のコレクション」、「不祥事を狙うイベント投資」などが挙げられるし、個人的には、証券会社を退職したら個別株投資を第一の趣味にしたいと思っているので、新しい方法を(たぶん)まだまだ思いつくはずだ。

 筆者は、現実的な認識を共有できる読者に向けて、「趣味と資産形成を両立できる株式投資の本」を書いてみたいと思っていて、現在構成を思案中なのだが、しかし、そのような地味な本(?)に読者が付くのか自信が持てずにいる。チャンスがあれば、一冊書いてみたいと思っている。