中国金融当局がアント社に伝えた「業務改善命令」

 その上で、金融当局はアント社に5つの要求を伝えています。

(1)支払い手段としてのアリペイという本業に回帰し、取引の透明性を向上させ、不正当な競争を厳しく禁止すること
(2)法・ルールに基づいて営業許可証を持ち、個人の信用情報を収集、管理すること、ユーザーのプライバシーを守ること
(3)法に基づいて金融ホールディングス(持株会社)を設立し、監督管理の要求を実践し、自己資本の充実とルールに沿った関連取引を確保すること
(4)コーポレートガバナンスを改善し、慎重な監督管理要求に基づいて、ルールに背いた信用、保険、理財などの金融取引を厳格に改めること
(5)法とルールに基づいて証券ファンド業務を展開し、証券に関するコーポレートガバナンスを強化し、合法的に資産証券化業務を展開すること

 これらの指摘にも、金融当局がアント社に何を求めているのかを把握する上で示唆に富む情報が含まれていますが、中でも、私が特に目を引いたのが(3)です。

 要するに、インターネット会社としてフィンテック事業に参画するアント社が、銀行、証券、保険、理財を含めた、リスクの高い信用取引に従事するのは、「経営システム自体が混乱しているという意味で問題」(中国証券監督管理委員会幹部)ということ。アント社が自らの金融イノベーションを通じて、銀行が有してきた「特権」(同幹部)を享受することは、未整備の法律の狭間(はざま)をくぐり抜ける行為であったこと。そこで、昨年9月、中国人民銀行が「金融ホールディングス会社監督管理試行弁法」を公布し、非金融系企業が金融業務を行う場合には、金融ホールディングス会社として事業に従事することを求め、関連当局にも相当する監督や管理を命じました。

 また、(3)と(5)に関わりますが、金融当局はこれまでも、アント社の貸し付け原資を問題視してきました。

 同社は、金融当局からの規制や監視をかいくぐりつつ、利潤を最大化するための常とう手段として、貸し付けた債権をもとにABS(資産担保証券)を発行して資金を調達する手法を取ってきました。その小口融資は2兆1,000億元(約33兆円)という残高に達しているものの、同社の自前資金による融資は2%にとどまっています。これを30%に引き上げろというのが、今回の面談で金融当局が命じた「自己資本の充実」に当たります。

 今回の面談を通じて、金融当局がアント社に「業務改善命令」として伝えた内容は、組織とガバナンスの在り方、ビジネスと収益モデルを含めた、総合的かつ抜本的な修正と再建を迫るものです。それが改善されなければ、違法、ルール違反の状態は変わらないというのですから、事態が深刻ではないといったら、うそになるでしょう。

 このような状況下で、アント社にとっての精神的支柱であるマー氏には、公の場に出てきて何かを語る時間も余裕もないはずです。もちろん、マー氏が出てこない背景には、上記で述べたように、そうすることには高度に政治的なリスクが伴い、実質それが許されていないという事情も深く関係しています。