RCEPで存在感の拡大を狙い米国をけん制する中国

 ただこれらは、あくまでも予測可能な局面に過ぎず、内政に忙殺されることが必至なバイデン政権が対外関係にどこまで労力を割けるのかはまったく不確実だと言えます。そこで、「中国包囲網」の形成を未然に防ぎ、米国が不確実な政権移行期にある現段階から先手を打つために、中国が何としても実現したかったのが、先日、ASEAN(東南アジア諸国連合)、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国が約8年の交渉を経て締結にこぎつけたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)です。

 15日に発表された共同首脳声明は、RCEPが「地域の先進国、開発途上国および後発開発途上国という多様な国々により構成される前例のない巨大な地域貿易協定」であり、「世界のGDP(国内総生産)のほぼ30%に当たる合計26.2兆米ドルのGDPを伴う、世界人口の約30%に当たる22億人の市場を対象とし、世界の貿易の28%近くを占めることとなる(2019年統計に基づく)」協定であり、「世界最大の自由貿易協定として、世界の貿易および投資のルールの理想的な枠組みへと向かう重要な一歩だと信じる」と謳(うた)いました。

 中国の李克強(リー・クォーチャン)首相はRCEP交渉の妥結を「多国間主義と自由貿易の勝利だ」と述べ、「保護主義や一国中心主義が台頭する」中で、RCEPが体現する精神こそが「世界経済と人類の前進を代表する正しい方向性」だと主張。閉鎖的な通商政策を展開し、責任ある大国としてのリーダーシップを放棄してきたと広範に受け止められてきたトランプ政権下の米国を暗にけん制しているのは言うまでもありません。

 中国共産党指導部がRCEP署名の成果と重要性を強調する一方で、「党の喉と舌」である新華社通信といった官製メディアもそれに加担する形で大々的に宣伝工作を行っています。例えば新華社は16日、先般発表されたUNCTAD(国連貿易開発会議)の報告書が「RCEPは域内、および他地域からのFDI(海外直接投資)を大々的に推進する可能性がある」という指摘を引用し、RCEPの経済成長への潜在力を強調しました。同報告書によれば、RCEP加盟国が互いに誘致し合うFDIはいまだ3割程度に過ぎず、まだまだ成長の余地があるとしています。

 RCEPが今後、東アジアや太平洋地域の経済発展にどれだけ貢献していくのかはもう少し情勢を見なければ何とも言えないでしょう。純粋に経済、貿易、ビジネス、投資といった観点から見れば、同協定の締結はプラス要因です。しかし、中国がバイデン新政権の対外戦略、対中政策に対抗するための布石とRCEPを捉え、推し進めているという揺るぎない現状は、安全保障の分野では米国の同盟国である一方で、経済的には中国と切っても切れない関係を作ってきたプレーヤーにとっては、米中どちらか一方の選択肢を迫られるリスクに見舞われる可能性も大いにあります。

 日本がその典型であるという現実は論を待ちません。ともに多国間主義と自由貿易を掲げる習近平~バイデン政権が、アジア太平洋という地域でどうぶつかっていくか。勢力範囲を作りながら経済のブロック化を煽(あお)るのか、それとも「良い加減」、上手(うま)い具合にすみ分けながら、投資の自由化やサプライチェーンの効率化を促進していくのか。米中関係は引き続き、マーケット動向の一部始終にインパクトを与えずにはいないでしょう。