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「[動画で解説]バイデン~習近平ラインで
米中対立は緩和するか?中国のシフト調整」

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バイデン勝利で浮き彫りになる「アメリカ・リスク」

 全世界が注目した米大統領選挙は、私が本稿を執筆している11月18日午前6時(日本時間)の時点で、50州および首都ワシントンD.C.のすべてで選挙結果が出そろいました。バイデン候補が選挙人数で300票を上回り(過半数は270票)、すでに勝利宣言をしています。勝利宣言の演説では、トランプ政権の4年間でさらに広がった米国社会の分断を解決すべく「United States of America」、つまり団結する米国の再構築を呼びかけ、自分は民主党の人間だが、全国民の大統領なのだと語りかけました。

 私がワシントンD.C.で議論したバイデン氏の側近である民主党幹部によれば、「バイデン大統領」が就任後に取り組む政策の優先順位は、(1)新型コロナウイルス、(2)経済、(3)人種問題、(4)気候変動、(5)世界における米国のリーダーシップ問題だといいます。ここから容易に推測されるように、バイデン氏は就任後、当面は内政に忙殺される可能性が高く、トランプ政権で劣化、後退した「米国の力」を回復させる作業に、多くの時間と労力が削がれることは必至です。

 米国社会の団結を掲げ、分断を解消していこうとする中で、新型コロナ抑制と経済再生に向き合い、かつ国際問題を解決する過程で、どのようにリーダーシップを発揮していくのか。コロナワクチン開発を巡り朗報も出てきたものの、バイデン氏の「高齢リスク」も含め、新政権の前途はまだまだ不確定だと言えるでしょう。

 一方、トランプ現大統領は「バイデン勝利」は不正選挙によるものと断固主張し、法廷闘争の姿勢をいまだ崩していません。バイデン氏はスムーズな政権移行ができないことを危惧し、トランプ氏の往生際の悪さを批判していますが、新型コロナ抑制と経済再生の有機的両立が求められる中で、果たして政権移行が着実に進むのか、トランプ氏が抵抗することなくホワイトハウスをバイデン氏に明け渡すのか。この問題は、来年1月20日、すなわち次期大統領就任式典の日まで、最大の「アメリカ・リスク」になると、私は見ています。

バイデン勝利第1報を静観した中国の思惑

 そんなアメリカ・リスクが“適度に”表面化している中で、中国共産党は戦略的見地から、コロナワクチン開発過程に支障が生じ、米国の国際社会における責任とリーダーシップ、そして民主主義制度そのものに疑問が投げかけられる事態を、“期待”しています。バイデン氏が勝利宣言した当初、中国共産党は日本の菅義偉総理のように第1報で祝意を述べることなく、事態を静観していました。確実な、権威ある結果が出るまで沈黙を保ち、安易な言動を取らないというのは中国共産党の思考回路であり行動原理ですし、今までその一挙手一投足に当惑、翻弄(ほんろう)されてきたトランプ大統領を刺激したくないという思惑も働いていたのでしょう。

 バイデン勝利宣言(日本時間で11月8日午前)から1日たった9日、定例記者会見で米CNNの記者から「なぜ中国政府は祝電を打たないのか?」と聞かれた中国外務省の汪文斌副報道局長は、「バイデン氏が勝利宣言をしたのを承知しているが、我々の理解によれば、選挙の結果は米国の法律と手続きに基づいて確定する。国際慣例に基づいて対応するつもりだ」と回答しました。この時点では、中国政府として、米大統領選挙の結果に対して明確な立場を表明するのは「時期尚早」という判断を下したということです。そこには、習近平(シー・ジンピン)国家主席率いる中国共産党指導部が、通商摩擦や香港問題などで対立してきた米国との外交関係を安定させたい、そのために一瞬のすきや油断も見せず、慎重に対応、管理していきたいといった思惑を垣間見ることができます。

 地政学リスクという観点からすれば、中国共産党のこの「心境」自体は、マーケットにとってはプラス要因です。冷戦時代の米ソ関係のように、経済、軍事、イデオロギーなどすべての分野で対抗と衝突が基調となり、両国間のデカップリングが必然的に固定化する局面を中国は望んでいないからです。

 確かに、習近平新時代に入り、「中国の特色ある大国外交」を掲げつつ、前代未聞に自らの権益や立場を主張するようになっています。第1段階協議まで妥結させた通商交渉においても、中国政府の統括者である劉鶴国務院副総理は「主権」「平等」「尊厳」の3つをキーワードに、これらの分野で中国側の権益が米国側から脅かされることを決して受け入れず、その場合には断じて報復措置を取るという姿勢で向き合っていました。

 前出の記者会見において、汪副報道局長は立場表明を回避した代わりに、次のように主張しました。

「我々は常に中米双方が対話を強化すべきであり、相互尊重の基礎の下、違いを管理し、互恵の基礎の下、協力を行っていくことで、中米関係の健康的、安定的な発展を推進していくべきだと主張してきた」

 私から見て、この主張こそ、中国共産党の米中関係の在り方をめぐる願望と目標を体現していると考えます。ここで言う「相互尊重」は、これまでも米中間で争論になってきた中国の政治体制や発展モデル、香港、台湾、チベット、新疆ウイグル、東シナ海、南シナ海の実効支配といった「核心的利益」を米国側に認めさせ、尊重させるという戦略的意図が込められています。米国側がこれらの中国の利益を尊重してこなかったと中国共産党は認識しており、米中関係が現状まで悪化、緊張する原因の一つになってきたと言えます。

 この意味で、バイデン政権が無事成立したとして、新政府が中国の核心的利益をどう認識、処理するか、言い換えればどこまで「尊重」するかが、今後の米中関係を左右する、あるいは決定づける要因になると私は考えています。

 習近平政権は、バイデン政権に対しても、通商、香港、台湾、南シナ海問題を含め、「相互尊重」の分野で妥協するつもりは毛頭なく、仮に米国側に「相互尊重」が踏みにじられたと認識すれば、トランプ政権時のように、米国側の一挙手一投足に噛(か)みついていくでしょう。

 しかし、繰り返しになりますが、中国共産党として、米中関係が全面的に悪化する局面は望んでいません。経済、貿易、ビジネス、教育、観光、人文などを含め、ヒト、カネ、モノ、情報の往来が構造的にデカップリングする局面は、中国の持続可能な発展にとって不利になる、結果的に中国共産党にとって最も重要な正統性の維持を害するという立場は、中国の党・政府内で広範に共有され、市場や世論の理解と支持を得ています。故に「主張」はしつつ、「対話」を呼びかけていく、「原則」は曲げないけれども、できる「協力」は積極的にしていく、というのが昨今、そして近未来における中国の対米政策を奏でる基調になるというのが私の見方です。

 中国の運命というだけでなく、米国との関係性という意味でも、中国共産党は「第2のソ連」と化すことを望まないだけでなく、そうなる局面を避けるべくあらゆる手を考え、打っているということです。

バイデン~習近平ラインで米中対立は緩和するか?

 バイデン勝利という結果が覆されそうになく、トランプ陣営の中でも諦め感が漂うようになってきた11月13日、中国政府はようやく重い腰を上げました。同日に開かれた外交部の定例記者会見にて、汪副報道局長が「われわれは米国人民の選択を尊重する。バイデン氏とハリス氏に祝賀の意を表したい」とコメントしたのです。1月20日にホワイトハウスが正式にバイデン大統領のものとなるまで油断はしないものの、中国政府として、バイデン政権を相手に対米関係を管理すべく、これから本格的に準備を整えていくでしょう。

 米大統領選投票日をまたいでの米国滞在中に私は、前副大統領の時代からバイデン氏の対中政策アドバイザーを務めてきた人物とニューヨークで面会しました。この人物によれば、バイデン氏は習近平氏のことを「スマートで、プラグマティック。問題解決のためには周りの意見に耳を傾ける人間だ」と評していて、副大統領~国家副主席だったころから緊密なワーキング・リレーションシップ(仕事の関係)を構築してきており、意思疎通にも自信を持っているとのことです。バイデン氏側のこんな認識を、習近平氏側も理解しているでしょう。米国内における政権移行期を注視しつつ、特にバイデン大統領を外交面から支える国務長官や国家安全保障担当の大統領補佐官、そして通商交渉にとってのキーマンとなる通商代表部代表、財務長官、商務長官あたりの人事を予測しながら、バイデン氏側と意思疎通、政策協調するためのメカニズム構築を急ぐものと思われます。

 中国共産党を名指しで批判し、競争を煽(あお)り、真正面から対抗するスタイルのトランプ政権の外交よりは「全然マシ」(中国政府駐米外交官)なのでしょう。しかし、習近平政権が懸念しているのは、バイデン政権が対中政策として自由や民主主義といった価値観を掲げ、多国間主義と同盟ネットワークを再構築する形で、対中包囲網を張るシナリオです。バイデン政権は、インドパシフィック戦略、QUAD(米、日、インド、オーストラリア)といった多国間の枠組みに、中国の拡張的な行動(例えば南シナ海や5G[第5世代移動通信システム]問題)を警戒する東南アジアや欧州諸国を巻き込み、中国の経済、軍事政策をけん制してくると、共産党指導部は本気で予測しています。そして、米国がトランプ政権発足と同時に脱退したTPP(環太平洋経済連携協定)に回帰する局面を警戒しています。

RCEPで存在感の拡大を狙い米国をけん制する中国

 ただこれらは、あくまでも予測可能な局面に過ぎず、内政に忙殺されることが必至なバイデン政権が対外関係にどこまで労力を割けるのかはまったく不確実だと言えます。そこで、「中国包囲網」の形成を未然に防ぎ、米国が不確実な政権移行期にある現段階から先手を打つために、中国が何としても実現したかったのが、先日、ASEAN(東南アジア諸国連合)、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国が約8年の交渉を経て締結にこぎつけたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)です。

 15日に発表された共同首脳声明は、RCEPが「地域の先進国、開発途上国および後発開発途上国という多様な国々により構成される前例のない巨大な地域貿易協定」であり、「世界のGDP(国内総生産)のほぼ30%に当たる合計26.2兆米ドルのGDPを伴う、世界人口の約30%に当たる22億人の市場を対象とし、世界の貿易の28%近くを占めることとなる(2019年統計に基づく)」協定であり、「世界最大の自由貿易協定として、世界の貿易および投資のルールの理想的な枠組みへと向かう重要な一歩だと信じる」と謳(うた)いました。

 中国の李克強(リー・クォーチャン)首相はRCEP交渉の妥結を「多国間主義と自由貿易の勝利だ」と述べ、「保護主義や一国中心主義が台頭する」中で、RCEPが体現する精神こそが「世界経済と人類の前進を代表する正しい方向性」だと主張。閉鎖的な通商政策を展開し、責任ある大国としてのリーダーシップを放棄してきたと広範に受け止められてきたトランプ政権下の米国を暗にけん制しているのは言うまでもありません。

 中国共産党指導部がRCEP署名の成果と重要性を強調する一方で、「党の喉と舌」である新華社通信といった官製メディアもそれに加担する形で大々的に宣伝工作を行っています。例えば新華社は16日、先般発表されたUNCTAD(国連貿易開発会議)の報告書が「RCEPは域内、および他地域からのFDI(海外直接投資)を大々的に推進する可能性がある」という指摘を引用し、RCEPの経済成長への潜在力を強調しました。同報告書によれば、RCEP加盟国が互いに誘致し合うFDIはいまだ3割程度に過ぎず、まだまだ成長の余地があるとしています。

 RCEPが今後、東アジアや太平洋地域の経済発展にどれだけ貢献していくのかはもう少し情勢を見なければ何とも言えないでしょう。純粋に経済、貿易、ビジネス、投資といった観点から見れば、同協定の締結はプラス要因です。しかし、中国がバイデン新政権の対外戦略、対中政策に対抗するための布石とRCEPを捉え、推し進めているという揺るぎない現状は、安全保障の分野では米国の同盟国である一方で、経済的には中国と切っても切れない関係を作ってきたプレーヤーにとっては、米中どちらか一方の選択肢を迫られるリスクに見舞われる可能性も大いにあります。

 日本がその典型であるという現実は論を待ちません。ともに多国間主義と自由貿易を掲げる習近平~バイデン政権が、アジア太平洋という地域でどうぶつかっていくか。勢力範囲を作りながら経済のブロック化を煽(あお)るのか、それとも「良い加減」、上手(うま)い具合にすみ分けながら、投資の自由化やサプライチェーンの効率化を促進していくのか。米中関係は引き続き、マーケット動向の一部始終にインパクトを与えずにはいないでしょう。