バイデン勝利第1報を静観した中国の思惑

 そんなアメリカ・リスクが“適度に”表面化している中で、中国共産党は戦略的見地から、コロナワクチン開発過程に支障が生じ、米国の国際社会における責任とリーダーシップ、そして民主主義制度そのものに疑問が投げかけられる事態を、“期待”しています。バイデン氏が勝利宣言した当初、中国共産党は日本の菅義偉総理のように第1報で祝意を述べることなく、事態を静観していました。確実な、権威ある結果が出るまで沈黙を保ち、安易な言動を取らないというのは中国共産党の思考回路であり行動原理ですし、今までその一挙手一投足に当惑、翻弄(ほんろう)されてきたトランプ大統領を刺激したくないという思惑も働いていたのでしょう。

 バイデン勝利宣言(日本時間で11月8日午前)から1日たった9日、定例記者会見で米CNNの記者から「なぜ中国政府は祝電を打たないのか?」と聞かれた中国外務省の汪文斌副報道局長は、「バイデン氏が勝利宣言をしたのを承知しているが、我々の理解によれば、選挙の結果は米国の法律と手続きに基づいて確定する。国際慣例に基づいて対応するつもりだ」と回答しました。この時点では、中国政府として、米大統領選挙の結果に対して明確な立場を表明するのは「時期尚早」という判断を下したということです。そこには、習近平(シー・ジンピン)国家主席率いる中国共産党指導部が、通商摩擦や香港問題などで対立してきた米国との外交関係を安定させたい、そのために一瞬のすきや油断も見せず、慎重に対応、管理していきたいといった思惑を垣間見ることができます。

 地政学リスクという観点からすれば、中国共産党のこの「心境」自体は、マーケットにとってはプラス要因です。冷戦時代の米ソ関係のように、経済、軍事、イデオロギーなどすべての分野で対抗と衝突が基調となり、両国間のデカップリングが必然的に固定化する局面を中国は望んでいないからです。

 確かに、習近平新時代に入り、「中国の特色ある大国外交」を掲げつつ、前代未聞に自らの権益や立場を主張するようになっています。第1段階協議まで妥結させた通商交渉においても、中国政府の統括者である劉鶴国務院副総理は「主権」「平等」「尊厳」の3つをキーワードに、これらの分野で中国側の権益が米国側から脅かされることを決して受け入れず、その場合には断じて報復措置を取るという姿勢で向き合っていました。

 前出の記者会見において、汪副報道局長は立場表明を回避した代わりに、次のように主張しました。

「我々は常に中米双方が対話を強化すべきであり、相互尊重の基礎の下、違いを管理し、互恵の基礎の下、協力を行っていくことで、中米関係の健康的、安定的な発展を推進していくべきだと主張してきた」

 私から見て、この主張こそ、中国共産党の米中関係の在り方をめぐる願望と目標を体現していると考えます。ここで言う「相互尊重」は、これまでも米中間で争論になってきた中国の政治体制や発展モデル、香港、台湾、チベット、新疆ウイグル、東シナ海、南シナ海の実効支配といった「核心的利益」を米国側に認めさせ、尊重させるという戦略的意図が込められています。米国側がこれらの中国の利益を尊重してこなかったと中国共産党は認識しており、米中関係が現状まで悪化、緊張する原因の一つになってきたと言えます。

 この意味で、バイデン政権が無事成立したとして、新政府が中国の核心的利益をどう認識、処理するか、言い換えればどこまで「尊重」するかが、今後の米中関係を左右する、あるいは決定づける要因になると私は考えています。

 習近平政権は、バイデン政権に対しても、通商、香港、台湾、南シナ海問題を含め、「相互尊重」の分野で妥協するつもりは毛頭なく、仮に米国側に「相互尊重」が踏みにじられたと認識すれば、トランプ政権時のように、米国側の一挙手一投足に噛(か)みついていくでしょう。

 しかし、繰り返しになりますが、中国共産党として、米中関係が全面的に悪化する局面は望んでいません。経済、貿易、ビジネス、教育、観光、人文などを含め、ヒト、カネ、モノ、情報の往来が構造的にデカップリングする局面は、中国の持続可能な発展にとって不利になる、結果的に中国共産党にとって最も重要な正統性の維持を害するという立場は、中国の党・政府内で広範に共有され、市場や世論の理解と支持を得ています。故に「主張」はしつつ、「対話」を呼びかけていく、「原則」は曲げないけれども、できる「協力」は積極的にしていく、というのが昨今、そして近未来における中国の対米政策を奏でる基調になるというのが私の見方です。

 中国の運命というだけでなく、米国との関係性という意味でも、中国共産党は「第2のソ連」と化すことを望まないだけでなく、そうなる局面を避けるべくあらゆる手を考え、打っているということです。