ライアビリティの柔軟性

 一方、発想を変えると、個人の資産運用、特にアセットアロケーションに関して「簡単に考えてもいい」と思える側面がある。

 それは、個人の人的資本もライアビリティも、本人の意思によって変化させることが可能だからだ。特に、ライアビリティの柔軟性は、確定給付の企業年金にはない特性だろう。

 企業年金は、母体企業の財務とビジネスに余裕があれば、運用の失敗を掛け金の引き上げで吸収することが出来る。個人の場合は、将来より多く働いたり、条件の良い転職をしたりするなどの本人の意図的な努力で、人的資本の価値を増す努力が可能だ。強気な諺で言うと「稼ぐに追いつく貧乏なし」とばかりに、運用の損失をリカバーすることが出来る場合がある。

 しかし、将来の収入を増やすことが簡単ではないというケースも多々あるだろう(そもそも、簡単にできるなら、既にやっていておかしくない)。ところが、この場合に、ライアビリティを意図的に縮めることができる。つまり、将来の支出を小さくするのだ。確定給付の企業年金の場合、給付の引き下げは簡単ではないので、この点で個人の資産運用の方が、フレキシビリティがある。

  単純計算するなら、余命を50年と見積もる人は、例えば資産運用による300万円の損失は、50年は600カ月なので、今後の生活の支出を一月5千円縮小することで吸収出来る。

 支出を調整する余力と能力は、強力な運用リスクの吸収手段となり得る。「コンパクトな生活」をすることができるノウハウや心構えの価値は大きい。

 もちろん、リスクを取った運用が上手く行った場合には、支出を拡大する余力が生まれる。ライアビリティ、つまるところ将来の支出を伸縮できる柔軟性の価値は高い。

 また、個人のアセットアロケーションの方法に戻ると、運用の損失を、(1)将来の支出の縮小、(2)将来の稼ぎの増加、(3)現在の資産額の余裕、の何れか或いは組み合わせで吸収できる範囲の中で損失額の上限を限定し、この額から逆算される範囲の中でリスク資産に投じる「金額」を(「比率」でなく)直接決めるのが分かりやすい。既存の最適化計算は、リスク資産の効率のいい内訳を決める参考として使うといい。

 個人のアセットアロケーションは、機関投資家のアロケーションと比較して、以下の3つの特徴を持つように思われる。

  1. リスク負担決定の前提となるアセット(人的資本を含む)・ライアビリティ両方の変化が大きく、その分、金融資産のアセットアロケーションを決める際の前提条件を確定しにくい。その分、計算の際の木目が粗くならざるを得ない。
  2. 個人のアセット・ライアビリティ双方の柔軟性は金融資産の運用リスクの吸収の大きな武器となり得る。特に将来支出の縮小によるライアビリティ側の余力は、自分のコントロールが利きやすい分だけ強力な手段になる。
  3. リスク資産の保有額は、「リスク拒否度」を無理に求めて「比率」で計算するよりも、損失の吸収力から限度を逆算して、その範囲の中で、直接的にリスク資産投資の「金額」を決める方が適切だ。

 

▼「楽天証券 ETFカンファレンス2020」(11月28日(土)開催)の詳細・お申込みはこちら